ここから本文です

仮面ライダー1号 (2016)

監督
金田治
  • みたいムービー 150
  • みたログ 980

2.99 / 評価:825件

戦おうとしない本郷猛が原点回帰なのか?

  • ccj***** さん
  • 2016年4月4日 18時31分
  • 閲覧数 929
  • 役立ち度 8
    • 総合評価
    • ★★★★★

「仮面ライダー」とはパラレルだと解っていても、
あの藤岡弘、自身が演じて、しかも企画から関わった以上、
この映画の本郷猛は、真に本郷猛の現在の姿だと認める。

脚本の井上敏樹も、あの伊上勝の息子であり、
「45周年記念超大作」作品を撮るには
最も相応しい組み合わせであることも間違いない。

作り手が映画に込めた真正直で熱過ぎるメッセージは、
ラストで滂沱の涙を流させるほど、
観る側にも、剛速球で伝わっては来た。

だから、この映画が撮られたことも、観られたことも非常によかったとは思う。

ただし、ここまでの約90分間は、戸惑いと違和感と物足りなさの連続だった。

藤岡氏も白倉Pも、
この映画の"戦いを拒む弱い本郷猛"を、あたかも原点回帰のように語るが、
こちらが回帰してほしい原点は、"大自然の使者としてのライダー像"や"ショッカーの怪奇的で無慈悲な怖ろしさ"等であり、
回帰すべき原点の方向性が、作る側と観る側で大きく食い違っているとしか思えない。

長い年月の間に、ライダーの総数が止めどなく増えるにつれ、
1号=本郷猛には、
これら大所帯を束ねる"長"や"総帥"、最も頼もしきライダーとしての像が
パブリックイメージとして、膨れあがり過ぎた。

平成ライダーで毎年見せてもらっている、"悩みながら成長する人間の姿"は
若者だから感情移入できるのであり、
旧1号編の"悩める青年科学者"から45年も経った本郷猛を、今さらそこに戻すには無理がありすぎた。

生きている限り苦悩の中にあるのが人間の真理であったとしても、
本郷猛には最期の時まで、
人間の自由のための戦いに身を投じることに微塵の迷いもない"毅き本郷猛"でいてほしかった。

今だからこそ描ける本郷猛があるとすれば、
立花麻由に対して、
自分の死後でも孤独に耐えて生き抜く強さと、
世界中を旅して骨身にしみてきたはずの"平和な日本で暮らせるありがたさ"を諭すような、
うわべの甘さとは別個の、真に優しい本郷猛の姿が観たかった。


5年経てば、まず間違いなく50周年記念作品があるだろうが
製作者にはそれまでの間に1度でいいから、
「ウルトラマンメビウス&ウルトラ兄弟」と「電人ザボーガー」を観てもらい、
観客を感動させるための、新旧ヒーローの両立のさせ方とか、音楽や回想シーンの挿れ方などを謙虚に学んでほしい。

ライダーへの愛と思い入れが強い人ほど、この作品を激しく賞賛し、激しく批判する。
そういう映画だった。

詳細評価

物語
配役
演出
映像
音楽

イメージワード

  • 泣ける
このレビューは役に立ちましたか?
利用規約に違反している投稿を見つけたら、次のボタンから報告できます。 違反報告
本文はここま>
でです このページの先頭へ