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サウスポー (2015)

SOUTHPAW

監督
アントワーン・フークア
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3.81 / 評価:1,224件

静謐な感動。

ヘイズ・コード、そして作り手の超高齢化によるハリウッドの弱体化。
「あいつらの作る映画はウソばっかりだ。俺たちの人生には夢も希望もないんだぞ!」とアンチハリウッドの産物として立ち上がったアメリカンニューシネマの一群は若者の社会的敗北を描き続けた。
だがそれは、泥沼ベトナム戦争と帰還兵問題で疲れ果てたアメリカで長くは続かず、1975年、希望を描いた「ロッキー」の登場に、1976年にはその一作だけ観れば至ってシンプルな勧善懲悪ストーリーで新たなる希望が描かれていた「スター・ウォーズ」に大衆は狂喜。つまり最初からアメリカンニューシネマは敗北していたのである。希望という、人間だけが持つ、意味不明で根拠のない一条の光に。

HOPE will never die.
ここにまた、歩む道が途絶えてしまった真っ暗闇人生のその先へ、大事なものを失いすぎても、心はへし折られても、疲れ果てて上がらなくなった手を伸ばし続ける希望の映画が誕生した。

ギレンホール演じるボクサー、その名もビリー”ザ・グレート”ホープ。43戦無敗のチャンピオン。
矢吹丈みたいにディフェンス知らずで、打たせて打たせて、最終的に激情と怒りをエネルギーに変えて相手を打ちのめすファイトスタイル。

すでにチャンピオンであるところから、堕ちて、沈んで、奪われて、幼い娘にこっぴどく叱られて、、、そこからどのように再生していくのか?

「ロッキー」もパーソナルな話ではあったけど、薄汚れたフィラデルフィアという街の再生というサイドストーリーがあった。激しく感動したのはそれが相まってこそ。

本作には至ってパーソナルなテーマしかない。
父親自らの再生と、娘の愛される環境整備と、ジムトレーナーの自己開示。ボクシングを舞台にした物語ではなく、たまたま舞台がボクシングだっただけな、「ロッキー」や「クリード」と比較する意味のない、心のずっと奥のほうにじわじわっと迫る、いわば静謐な感動があるのです。勝敗に意味がない部分は「ロッキー」以上かも知れません。

ディフェンス知らずのビリーがトレーナーに「自分を守れ」と教えられ、”守るものがある者は強い”というもはや懐かしいテンプレートが再現されるのですが、これを頭ではなく筋肉で覚えていくところなどは大きな見どころのひとつ。”ボクシング映画として並”という意見をネットで見かけましたが全然違います。そもそも前述したようにボクシング映画ではないのです。

ジムトレーナーを演じたのはフォレスト・ウィテカー。取っ付きにくいけどこっそりバーでお酒飲む茶目っ気を見せたり、若手に不幸が起きた際のサンドバッグや、ビリーとの座しながらの会話に最高レベルの演技者であることを痛感しながらサメザメと落涙、、、

お目当だったレイチェル・マクアダムスはビリーの奥さん役を演じてるのですが、試合を怖がり、けど励まし、時に叱咤する甲斐甲斐しい姿はレイチェルそのものでした。
ストーリー上、出番が少なかったのは残念ですが、それなのに、中盤以降も存在感があるのです。
それは娘レイラの発言や行動が母に似てくるという心憎い仕掛けによるもの。ビリーと観客を同期する巧みな展開でした。

最後になりましたがギレンホール。
「ナイトクローラー」でのスカッと爽やかサイテー野郎の大活躍にガッツポーズした僕でしたが、もはやレジェンドの域ではないでしょうか。演技を超え、”そんな人”としてそこに存在するアリ物感。ますます目が離せません。

サウスポーについてはネタバレになるので書きませんが、非常に意味のあるタイトルで大好きです。

詳細評価

物語
配役
演出
映像
音楽

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