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神のゆらぎ (2014)

MIRACULUM

監督
ポズ
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3.37 / 評価:101件

神の否定

  • sek***** さん
  • 2018年2月3日 19時01分
  • 閲覧数 553
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    • 総合評価
    • ★★★★★

珍しいエホバの証人(ものみの塔と言った方が馴染み深いか)を題材に選んだ映画。作中で信者の女性看護師が輸血するのをためらうがこれはどういうことか補足しておく。
キリスト教系宗教にとって「血」は魂の源と同義であり、人の魂は全てキリストが支配しているものとされる。ので、血を何かに使用する場合はキリストの許し(=信仰)を必要とする。対してエホバの証人はエホバ神の信仰でありキリストを否定している。従って血は絶対に使用できない(上記は流派によって解釈は様々なので注意すべし)。
日本では輸血拒否事件が有名だが、エホバの証人にとっての血の扱いは明らかに輸血を必要とする状況になっても変わらない。人が死ぬ事象よりも神の教えが上位に立つからである。しかしエホバの証人は現代に出来た歴史の浅い新宗教であるためか信仰医療を行っていない。信者が看護師の職に就けるのはそのためである。医学上正しい対応の輸血を行うか、信仰を全うするか。邦題に「ゆらぎ」と付けたのはこの問題を宣伝に使いたいためではないか。

さて感想。神の存在を徹底的に否定した結末に大いに異論を唱えたい。これは私が何らかの宗教に属しているからではなく、その意見は突き詰めてしまうと物質主義(この世の事象は全て物体でしかなく、そこに精神、自意識は介在しないという考え)にしかならないからだ。神の存在の全否定は人の自意識の否定になってしまう。考える、解釈する事象が無いのに、なぜ「神がいない」と意見を表明できるのか。それと、神がいないとしたら人間を創りあげた存在は何者だと考えているのだろう。
まあ何にしても、神の存在はそれだけデリケートな問題で、現在に至るまで幾度も論争が起きていること。映画がはっきりと言うならばそこに論拠と対案が必要となるのは間違いない。
それから、群像劇での語りや時系列をいじるなどの創意工夫がなされているが、本作では効果を発揮しているようには見えず、むしろ本来直線的であったドラマを阻害しているようにも感じられる。決して無意味だとは言わないが、この結末ならばもっと純粋な物語の方がよりショックを受けやすい。

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