ここから本文です

彼らが本気で編むときは、 (2017)

監督
荻上直子
  • みたいムービー 609
  • みたログ 3,960

4.08 / 評価:3345件

2017年の邦画を代表する傑作

荻上直子監督の作品レビューを書き込むのは「かもめ食堂」に続いて2作目だ。今回取り上げるのは、昨年2月に公開された『彼らが本気で編むときは、』。荻上監督のオリジナル脚本であり、17年を代表する傑作である。同年のキネマ旬報ベストテンでは邦画の10位に選ばれたが、私としてはもっと上位にしたかった。
タイトルを見ると編み物とか手芸をテーマにしているようで、確かに編み物をする場面はあるが、主人公の少女・トモ(柿原りんか)の目を通して、性の不適合という難しいテーマを描いている。LGBTとはレズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーの各々の頭文字を合わせたもので、私も本作の鑑賞を機にこの言葉を検索して初めて知った。本作に登場するのはGとTの頭文字が付く人々である。

難しいテーマと書いたのは、上記の人たちは決して病気や障害を持つわけではなく一つの個性だと見なされている。それが世の中の流れであるのだが、まだまだ偏見は強く人の心を変えるのは容易ではない。だからと言ってLGBTの人たちを、差別された可哀想な存在と決めつけるのはちょっと違うと思うのだ。
いわば映画の作り手の内面が作品に表れるわけで、鑑賞者も自分の立ち位置を問いかけられるテーマだと言える。本作が非凡な点の一つは、子育てを放棄する母親・ヒロミ(ミムラ)が登場し、トランスジェンダーのリンコ(生田斗真)と対比させている事だ。

ネグレクトの母親と性の不適合者、どちらが正常でどちらが障害者なのか?そんな事を考えていると、ラスト近くでヒロミが叫ぶ「(どうして我が子を放っておくのか)分からないわよ!」でハッとする。リンコの性的不適合と同様、本人にも説明ができない事だったのだ。
子育ての放棄とは親にあるまじき行為である。観ている私は「トモはヒロミの元へ帰ってはいけない」と憤慨するが、ヒロミの叫びでこうも思う。彼女一人を攻撃すれば全て解決するのだろうか。ネグレクトに至る原因があるのではないか。そして親子がやり直せる余地はまだ残っているのではないか、と。
老人ホームで生活するヒロミの母親・サユリ(りりィ。本作が遺作となった)は、娘にどう接したらよいか分からなかったと告白する。母娘の関係は、最初は小さな綻びであったのかも知れない。その綻びが孫にまで累を及ぼすネグレクトに繋がったのかと思うと恐ろしい限りだが、ヒロミがサユリを見舞うラストシーンにわずかな希望の芽を見出したいと思う。

ヒロミに限らず、本作の登場人物には無駄な者が一人もいない。各々が楽器の重要なパートを任され、全体的に美しいメロディを奏でる音楽のようだ。主旋律を奏でるのは難しい役に挑んだ生田斗真で、映画の中で確かにリンコという女性が存在していると感じる瞬間が何度もあった。彼を見ていると性的にどうというよりも、人間であることの喜びや悲しみが凝縮されているようだ。
リンコは老人ホームで介護士として働いている。ホームの場面で登場する門脇麦や品川徹といった脇役も、リンコがどんな人物であるかを説明する重要な役割を果たしていた。門脇演じる若い介護士は劇中でゴールインし、結婚式にはリンコやパートナーのマキオ(桐谷健太)、トモも参列する。リンコたちは決して自分の性的違和感を不幸だと感じて世の中を恨むのではなく、身近な人の幸せを祝福できる人間である事が分かるのだ。
リンコの介護は非常にゆっくりと丁寧であり、少ない人数で時間に追われる介護職としては浮世離れしたように感じる。ここでテキパキと仕事して男言葉で話す門脇の存在が生きてくるのだ。

重要なキャラといえば小池栄子演じるナオミがいる。LGBTに対して偏見を露わにする人物で、思春期時代のリンコに理解を示す母親のフミコ(田中美佐子)と対比する意味でも本作には欠かせない。ナオミの息子は同性を恋した事に苦しんでおり、性的嗜好を母親に拒絶されて絶望のあまり睡眠薬を大量に服薬して自殺を図ってしまう。
死を覚悟したナオミの息子がバイオリンでブラームスの曲を奏でる場面、そしてフミコがリンコにある物をプレゼントする場面は、なにかギリシャ悲劇かシェークスピアでも見ているような格調の高さを感じた。ナオミは本作では敵役であるが、多量の睡眠薬を保有しているという事は、彼女もまた他人に話せない苦しみを抱えているのだろう。

本作が10年後、20年後にどんな評価を受けるかが気になる。将来はLGBTに対する見方も変わり「この映画が作られた時代は、ひどい偏見が存在していたのだ」という時代資料として見られるのか。あるいは将来でも未だ解決されていない問題を2017年に描いたとして評価されるのか。最後に、タイトルが句点(マル)で終わる映画は数多いが、読点で終わる映画は珍しい。これは本作の物語は映画が終わっても続いていく事を暗示しているのだろう。

詳細評価

物語
配役
演出
映像
音楽

イメージワード

  • 泣ける
  • 笑える
  • 悲しい
  • ロマンチック
  • 不思議
  • 切ない
  • かわいい
  • かっこいい
  • コミカル
このレビューは役に立ちましたか?
利用規約に違反している投稿を見つけたら、次のボタンから報告できます。 違反報告
本文はここま>
でです このページの先頭へ