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彼らが本気で編むときは、 (2017)

監督
荻上直子
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4.08 / 評価:3326件

生田斗真の演技を初めて見た

  • dan***** さん
  • 2020年9月2日 23時52分
  • 閲覧数 1421
  • 役立ち度 5
    • 総合評価
    • ★★★★★

これまでこの人の演技を見る機会がないままだったが、出会いがこの映画でよかったと思う。素晴らしかった。それにマキオも、桐谷健太が自然だった。心の優しい伯父さんがいて、トモも幸いだった。
この監督は心地の良い空間作りがうまい。個人的には、亡き祖母の家に夏休みのたびに滞在した頃を思い出しとても懐かしかった。非日常風なセンスを日常としてすうっと取り込む、人としての強さ、しなやかさがとても快い。

ただ、リンコは毎日小さく大きく傷ついている。トモの同級生の母親が息子や周りに押し付けた、いわゆる「ふつう」に(鴻上尚史さんでいうところの「所与性」、または「こうあるべき強迫観念」)。自分と異質なものへの理解の欠如に。だからこそ彼女は、毎日編んでいる。マキオも闘っている。トモも、「お母さんがいない」(母の愛情を受けていない)ことと闘っている。
三人はいわば同志でもあり、きっと良い家族になれるだろう。でもリンコは、だらしなくてもあの母親をトモはずっと求めていたのだと、薄々わかってはいた。だから劇中の最後は、もとの家に一旦、返したのだと思う。

「心のきれいな人の手だ」というある老人の言葉が、しっとりと哀しみを湛えるリンコさんへの慰めに少しでもなればと願った。リンコさんは、どんな人へも対等に、大切に接する。それは子どもと、子どもの心に戻りつつある老人にしかわからないものかもしれない。それもまた悲しい。

一方でこの映画は、やはりはっきりとは言わないが「母であること」「性差」ひいては「人権」への強烈な問いかけも含まれていた。母親は産める、産めないの差ではない。男と女は?それらを決める「ルール」のようなボーダーラインは果して必要なのか?
検査入院のくだりは時代錯誤的で違和感があるという指摘もあるが、あえての演出だと思う(看護師は基本、今なお上から目線だと個人的には思うが)。本人の感じ方をデフォルメすることでリンコさんのためにあの三人家族が闘う、トリガーを用意したともいえる。

煩悩の数の編み物が昇華していくシーン。あれはリンコさんが女性になるための「儀式」であったと同時に、新しい家族の形をつくるための三人の「祈り」でもあった。
結論は劇中に出るものではないのだ。

家に帰ると、きちんと片付けられている部屋が待っていた。トモの母親はほんのすこし頑張った。今だけ。
ただこの母親はまた繰り返す。コンビニおにぎりの替わりを用意するか、最初からお金だけ置いていくか。それにトモも成長し、母親を少し離れたところから見られるようになる。その時点で、リンコさんとマキオを頼ったっていいのだ。リンコさんは、ずっとトモを待っている。

詳細評価

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