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誰のせいでもない (2015)

EVERY THING WILL BE FINE

監督
ヴィム・ヴェンダース
  • みたいムービー 84
  • みたログ 302

3.18 / 評価:219件

罪の共有

  • sun***** さん
  • 2020年1月8日 22時30分
  • 閲覧数 292
  • 役立ち度 1
    • 総合評価
    • ★★★★★

久しぶりにゾクっとくる映画をみました。
ホラー的なそれではなく、人の本能的な部分をみたときに感じるそれです。

ある雪の日に起きた悲しい事故をきっかけに、
加害者となってしまった主人公と被害者遺族の運命が変わっていく様が
事故当日から12年後まで描かれています。

事故は、本当は誰のせいで起きたのか。

邦題『誰のせいでもない』とは相反して、
あのとき事故現場に居合わせた人物全員に過失があり、そのことをそれぞれが自覚していたのだと思います。

主人公は運転中に恋人サラと電話をして注意散漫になっていました。
母親は読書に夢中で幼い息子たちから目を離していました。
そして当時まだ幼かった兄も、自分がついていながら弟を守れなかった自責の念を子供ながらに抱えていたのではないでしょうか。

事故後、3人の人生は一転していくのですが、その変化は対照的でした。
大切な家族の一人を失い失意のどん底に落ちた母兄とは対照的に、
主人公だけが、事故を機にそれまでのスランプを抜け出し作家として成功していきます。

不思議なのはここからで、事故のあと主人公はわざわざ自分から事故現場となった場所へ行き遺族のもとを訪れ、一方で母親も、本来ならば顔も見たくないはずの主人公と接近していきます。
それは、やり場のない苦しみと罪の意識の中で自分を慰める唯一の存在がお互いだったからではないでしょうか。
あの日、同じ罪を抱えた者同士。警察には不運な事故だと片付けられてしまったけれど、本当は自分に過失があったことを、誰にも言えず抱えたまま生きている者同士。

ある種の恐ろしさを感じたのは、3人の中に垣間見えた人間の本質です。
ある者は愛する息子の命を奪った加害者に自らの苦しさから逃れるため救いを求め、ある者は人の命を奪ってしまった苦しみさえもやがて創作活動の肥やしに昇華させ、そしてある者は本来なら会いたくないはずの加害者の家に押しかけ慰めを乞うほど執着してしまう、、といった具合に三者三様ながら全員、罪の意識と対峙していく手段の中に矛盾が生じているのです。

いずれも、事故が起きなければ彼らがそのような行動をみせることはなかったことで、つまり極限状態に陥ったときに現れる人間の本質的な部分だと思うのです。

遠ざけたいはずなのに、近づいてしまう心理。耐えられないほどの苦しみも、あらゆる手段を使って乗り越えていってしまう人間という生き物の図太さとたくましさ。

そこに共感してしまった自分にも同じものを感じて、ゾゾゾっとするのでありました。

ラスト、2人は抱擁を交わし、
主人公はニヤリと微笑みを浮かべます。
それらは決して救いや和解などといった美しいものではないと解釈しています。

詳細評価

物語
配役
演出
映像
音楽

イメージワード

  • 悲しい
  • 不気味
  • 恐怖
  • 切ない
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