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アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男 (2016)

DER STAAT GEGEN FRITZ BAUER/THE PEOPLE VS. FRITZ BAUER

監督
ラース・クラウメ
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3.56 / 評価:346件

自己のためではなく未来のドイツのために。

  • じゃむとまるこ さん
  • 2017年1月14日 13時15分
  • 閲覧数 1565
  • 役立ち度 11
    • 総合評価
    • ★★★★★

実録サスペンスという文字がフライヤーにありますが、申し分なく面白い上質のサスペンスです、ヒューマンドラマ、エンタメサスペンス、社会派映画、それらのバランスが巧みに配分されていてなおかつ、知的高揚感まで与えてくれ、その中でのさりげないユーモアも上質です。

歴史を正しく認識し、過去を清算することなくして祖国の未来はない、と考える、いや、言い換えると未来を担う若い世代に本当に誇りを持てる新生ドイツを譲り渡す、その使命を果たすために人生をささげたフィリッツ・バウアー検事長の正義と尊厳を賭けた闘いを描いている。

苦しくとも過去と正しく向き合うことで現在のドイツの繁栄がある。
個人もそうだが、国も同じであり、重要なのは言葉ではなく行動だ、ということが大きな説得力を持って描かれている。
そしてまた甘い感傷や、個人的感情を排した、理性と理論、良い意味での計算高さがいかに大事か、ということも。

周りの人々のほとんどが時代に迎合したとしても、自分を信じ、そのためには清濁併せのむ駆け引きもする、そのスリリングさもこの映画の見どころだが、国家反逆罪をちらつかされても揺るぎ無い信念、それを支えている心の奥底の内心忸怩たる思い、そのあたりをさりげなく描いているあたりも巧みだ。
内心忸怩たる思いのない人間は信頼するに値しないとはよく言うが、この映画では全くその通りだと感じさせられる。
それは先ほども書いたが個人の集合体である国も全く同じであると思う。

ナチス映画には秀作が多く、「顔のないヒトラー」「アイヒマンシュー」などを併せてみると、ドイツが正しく自国の姿と向き合えたのは、正義へのたゆまぬ努力と本物の愛国心、そして本物の自信を希求する故であると思う。
少なくとも映画から感じたのはそういうことだし、ドイツ映画なのだから、そう判断してよいだろう。

音楽が当時の哀愁に満ちたモダンジャズが使われているのも、サスペンスの色合いが濃く余韻に残るものだった

余談
バウアーに協力することになる若き検察官を演じた役者さんは「東ベルリンから来た女」で”ラタトゥイユ”で女の心を捕まえた人だが、ずいぶん太っていてびっくりした、堅い映画で恋愛パート!を受け持ち、上質でセンスの良いコートが印象的だった。
それにしてもあの妻は嫌だな~、人生間違いはあるものだけれど、代償は大きかった。

詳細評価

物語
配役
演出
映像
音楽

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