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天使にショパンの歌声を (2015)

LA PASSION D'AUGUSTINE

監督
レア・プール
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  • みたログ 193

3.27 / 評価:137件

情熱は時に盲目で、楽観は判断を狂わせる

  • dr.hawk さん
  • 2017年1月19日 23時12分
  • 閲覧数 1170
  • 役立ち度 8
    • 総合評価
    • ★★★★★

2017.01.19 字幕 MOVIX京都


2015年製作のカナダ映画
監督はレア・プール(『天国の青い蝶』)
1960年代、カナダ・ケベック州の修道院経営の寄宿音楽学校を舞台に、シスター兼女性学校長・オーギュスティーヌ(セリーヌ・ボニアー)の奮闘を描くヒューマンドラマ


物語は寄宿学校の日常が描かれるところから始まる
規律正しく、節度を保つ精神性、キリスト教への敬虔など、カトリック修道会経営らしい日常が描かれる
この学校が他と違うのは、学校長であるオーギュスティーヌの方針のもと、音楽に力を入れていることである

時代背景は1960年のカナダ・ケベック州
近代化が進む中で、教会の存在が揺らぎ始める
カトリックがこの土地で根付き始めたのはフランス占領下の1500年代頃で、その後イギリス領、自治領を経て1926年に主権国家としてのカナダの誕生がある
この物語の舞台は独立から時を重ねて、イヌイット、ネイティヴ・カナダ人が選挙権を獲得した後の話である
(多数派であったカトリックの失速)

この舞台設定が意味するものは「回帰」であり、「変容」である
まさにこの映画では「変容」について語っている


カトリック修道会の「時代の流れに乗ろうとする危機感」と対立する「自我」
それがオーギュスティーヌの信念でもあり、信仰である
宗教はときに寛容で解釈が産まれるものであるが、そこに自我を組み込むことによって様々な悲劇が生まれる


今回、オーギュスティーヌが犯した過ちは「変化の意味」を見過ごしたことである
彼女の元に姪のアリス(ライサンダー・メナード)が現れるが、それは時代の象徴でもあり、オーギュスティーヌたちが抱える「畏れ」への問題提起である
これは植民地を築いた1500年代に起きたことと同じことが起きていて、その変化は当時のような直接的な迫害ではなく、浸食性のものだった

アリスの存在(=浸食性)は校内の雰囲気を変え、時に修道女の誇りと対立する
これを「問題提起」と捉えられなかったオーギュスティーヌは、対立する総長の神経を逆撫でして自ら廃校への拍車を掛けることになった
この時、オーギュスティーヌがアリスに向き合えば変わったものもあったはずである


アリスは不思議の国に来た気分だろう
彼女は宗教を否定しないが、形式的な「かたち」や「こころ」から距離を置く
彼女の奏でる音楽が「即興性」の高い「ジャズ」テイストだったのにも意味はあって、「核である音楽が変わらなくても、表現方法は時代の変容とともに変わるものであって、その変容はオリジナルを冒涜するものではない」ということを示している

「かたち」や「こころ」に拘ることで「敬虔」であることを肯定しても、それは本質的な教えからは目を背けているに過ぎない


象徴的なシーンはシスターたちが修道着を着替えるシーンであろう
何かを失ったような気になって、生徒の前に出られないシスター・リーズ(ディアーヌ・ラヴァリー)
彼女は盲目の象徴であり、彼女の変容はラストシークエンスへと繋がる重要なエピソードである


修道着は言わば「固定観念」であり、それはオーギュスティーヌの「信念」に通ずるものがある
アリスに譜面通りに弾く練習をさせるオーギュスティーヌは、形式的な美を信仰することで成功を得た人物であるが、それが時代の変容とともに通用しなくなってきていることを知らずにいた
譜面を逸脱するアリスは、音楽の持つ多様性と可能性を感じていて、前時代的な形式美を拒否し続ける


アリスの母の死は、ふたりに「変容」を強いる
オーギュスティーヌには「変化」「摂理」
アリスには「感情」「美徳」
双方が持つ価値観の融合は、死を乗り越えて「消えゆく時代」と別れを告げることになる


物語としては奥行きのあるテーマと変化を扱い、音楽性にも優れた秀作であった
惜しむかな、邦題はこの作品の良さを消してしまっている

原題は「La Passion D'augustine」
オーギュスティーヌの情熱

これが「天使にショパンの歌声を」になってしまうセンスが理解できない
アリスの演奏は「古き良き時代からの脱却」と「新しい価値観の受容」の中で、「基盤としての譜面」に「情熱と感情」を融合させた「答え」である

「別れの曲」の邦題にミスリードされているが、本来のこの曲は「練習曲」であって、その目的は「維持される旋律」と「激情」の「同時性」を鍛えるものである
この曲が使用されているのには、物語的な意味があって、それを理解していれば「この物語が何を伝えようとしているのか」が即座にわかるはず

この邦題をつけた人は「物事の核心」に興味のない人か、それを見極める能力がないってことなんでしょう
邦題のミスリードで評価が下がることが残念でなりません

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