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ラ・ラ・ランド (2016)

LA LA LAND

監督
デイミアン・チャゼル
  • みたいムービー 5,080
  • みたログ 2.7万

4.09 / 評価:22,204件

偽物だと思います

  • bar***** さん
  • 2019年3月12日 0時21分
  • 閲覧数 2906
  • 役立ち度 3
    • 総合評価
    • ★★★★★

ラ・ラ・ランド。

私としては、良いところも結構あったとは思うのですが、全体としては間違った偽物の映画だという認識です。何が偽物かというと、監督が描いている人間性が偽物なんですね。監督は「真実の人間性」というものを追求するよりも、どこか人をひきつけやすい「見世物として最適の人間性」というものを追求する人だと感じました。それは作品を手掛ける人として、低俗さに走りやすく、刹那的な人気の獲得を目指す傾向があるため、またそういった方向としては極めてうまくやれているため、視聴者を混乱させやすい人だと思うので私はより厳しく追及するわけです。

私が良いと指摘したいのは、音楽とダンスです。というもの他の映画にはなかなか真似できないクオリティだからです。非常に面白いですね。ただし、これで心に残る名作となるには、ちと厳しいと思います。私は物語の在り方というものをじっくり観察させていただきました。たいてい物語において重要になってくるのは「そこで何が全体として語られているか。そしてそれはどのような性格で語られているか」です。この2つが主に視聴者に訴えかける内容を構成するのです。

この映画はどちらにおいても平凡で低俗であり、語るに値するものを持っていません。それが人を感動させるものになるには、まず独創性がなければなりません。この作者は独創性というものを極めてわずかしか持っていません。それは大半が「音楽のえり好み性」に振り向けられており、独創的な音楽となることもないし、独創的な語りももちろん存在しません。ただ人よりは優れた音楽センスがあるだけです。

独創性がなければ、彼の言葉は本心から遠く離れることになってしまいます。なぜなら人の思いは独特なものであり、似たり寄ったりになってしまうのは、巷で語られている既製品的な内容に自己の「独特な言葉」を摺り寄せて、それに同化してしまい、常に自己に嘘をつき続けるからです。そしてなんにせよクリエイターであるならば、そういった考察は必ずできているはずなのに、彼は自己の言葉を探すどころか、そういった言葉ではウケないと思ったのか、既製品的な思想にすり寄ってそれに同化して、むしろそういったものの中で無個性的になることを受け入れてしまったように思えます。そして私の邪推ではあるのですが、それは「作品を売るため」の他にありません。

ですから彼は真の作品を作ることは決してなく、大衆に受け入れられやすい、「どこかで見たことのある作品」を比較的よいレベルで作り出すことならできるというわけで、多くの視聴者がそのことに騙され続けることになってしまい、真の作品との見分けがより一層難しくなってしまいます。

私はこれよりも技術が劣っているかもしれませんが、作者が真摯に作っている映画や物語や音楽をいくつも知っています。それにおいては各個に課題はあるものの、一番重要な「独創性」という面ではクリアしています。「独創性」とは「人と違ったことをやる」という表面的な違いに還元されるものではなく、「自己の声を聴いて、それを元に真摯な態度で制作を行う」ということに還元されるのです。それは気持ちですから、一つ一つのセンテンスやセリフ、演出に表れてきます。何でもそうですが、気持ちがこもらない作品を私が認めるわけにはいきません。どんなものだっていいのですが、作る人の心理が良いものであれば、私は評価できますし、お気に入りの作品だとはばかることなく言えるわけです。

この映画は違います。

詳細評価

物語
配役
演出
映像
音楽

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