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武曲 MUKOKU (2017)

監督
熊切和嘉
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3.54 / 評価:491件

監督に思い切りのよさが必要と思わせる作品

  • le_***** さん
  • 2020年1月16日 17時17分
  • 閲覧数 224
  • 役立ち度 0
    • 総合評価
    • ★★★★★

監督:熊切和嘉、原作:藤沢周、脚本:高田亮、撮影:近藤龍人、照明:藤井勇、編集:今井大介、音楽:池永正二、主演:綾野剛、村上虹郎、2017年、125分、キノフィルムズ。

矢田部研吾(綾野剛)は、幼少時より、厳格な父に剣道の指導をほどこされ、剣道の腕は確かであったが、今は酒に溺れ、自堕落な生活をしていた。
一方、高校生の羽田融(村上虹郎)は、ラップのシンガーをしていたが、ある日の帰り道、剣道部がたむろする脇を通るとき、誤って、竹刀に触れ。倒してしまう。そこで、部員たちとつかみ合いになり、部室に連れて行かれるが、そこで、顧問でもあり僧侶でもある光邑(みつむら、柄本明)と出会う。
光邑はかつて、研吾の父(小林薫)の師でもあった。・・・・・・

ストーリーとしては、この光邑が、研吾の生活を立て直すために、剣道とは無縁であった羽田の素質を見抜き、羽田を研吾に対決させることで、研吾の心の傷を解き、生きることに刮目させる、といった内容である。
羽田が剣道の世界に入り込む過程はさほど丁寧でないが、本作品の軸は、研吾と羽田の<つばぜり合い>にあるので、それほど気にはならない。

天性の素質をもちながら、それに気づいて熱心に練習に打ち込む羽田と、剣道の熟達者である研吾との対面は数か所出てくるが、そのつど、二人の技術が上達し、心理的にも、相手を打ち負かしてやる、という思いが増している。
最初に研吾が一本とられるシーンや雨の中での戦い、そしてラストと、両者の一騎打ちは見せ場となっている。

カメラワークに、特に特別なものはなく、基本的に、地に足のついた位置からの撮影が多い。道場や試合のシーンでも、手前に引いて勝負を撮っており、むやみにカットを多くせず、編集もうまい。
前半数か所で、光邑の口から、剣道と仏教のおしえが話され、これは後半の読経のシーンや、羽田の自覚や研吾の心境変化にも影響を及ぼすような効果を出している。

鎌倉を舞台としているので、何度か海岸が出てくる。研吾が羽田に、もう一度勝負しよう、というシーンは波打ち際であり、ワンカットで定点カメラだけにしたのはよかった。いわゆる、抑制されたカメラであって、二人それぞれのカットをつなげたりすると、それ以降への緊迫感が消えてしまうところだ。

主演の二人の熱演とともに、特筆すべきは、研吾の父役である小林薫、研吾がよく行く小料理屋の女将役・風吹ジュンの演技力だ。
どちらかというとにこやかな表情に慣れている側としては、ほとんど笑顔のない厳格な小林薫の演技は意外であるが、キャスティングは、イメージと逆の役どころを演じさせることで成功するという好例だ。
風吹ジュンも久しぶりに見た。最初に映るシーンでは、この程度の出番が数か所あるくらいかなと思っていたが、研吾との二人の長回しのシーンでは、女優としての貫禄を示すことになった。

ただ、前半、少し退屈かなと思われる。また、研吾のガールフレンドや、羽田の母親のシーンなど、思い切ってカットするか、または、エピソードとして、より効果的に凝縮して描写するかしたほうがよかった。
映画とは、どうしてもフィルムを捨てるもの。思い切りのよさが、作品を<締める>こともある。この監督に、大胆にフィルムを捨てる、また、圧縮したエピソードを挿入するだけの覚悟がまだないのだろう。
そのせいで、終盤へ向けて、一層緊迫感が盛り上がっていいはずのものが、平板になってしまった。
これを実施すれば、エンタメ性という点からも、もっと評価されていたであろう。

詳細評価

物語
配役
演出
映像
音楽

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