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ライク・ア・キラー 妻を殺したかった男 (2016)

A KIND OF MURDER

監督
アンディ・ゴダード
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2.86 / 評価:56件

ノワールのもやもや感と雰囲気はあるが…。

  • kug***** さん
  • 2018年4月11日 15時21分
  • 閲覧数 550
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    • 総合評価
    • ★★★★★

 ノワール(フランス語で「黒」)というジャンルの映画は突き詰めれば「画面が暗くてよく分からん」ともいえます。女(ファムファタール)に破滅させられたり、陰惨だったり、残酷だったり、愚かで自滅したりといった要素を取り除いたら…ですが。
 そう考えると、この映画は女に破滅させられるし、陰惨で愚かで自滅するんだから、ちゃんとノワールといえる…かも。

 1960年のニューヨーク。小説の執筆が趣味の裕福な建築家「ウォルター(パトリック・ウィルソン)」は、神経衰弱で夫に無関心なくせに嫉妬深いの妻「クララ(ジェシカ・ビール)」との生活に息詰まりを感じていた。しかし、クララがそうなったのも、そもそもはウォルターの浮気のせいであり、罪悪感もある。ある日、ウォルターは自分が開いたパーティーで知り合った歌手の「エリー(ヘイリー・ベネット)」に心惹かれるが、妻はウォルターを監視しており、まだ浮気まではしていないのにあてつけに自殺未遂を起こす。妻に嫌気がさしたウォルターは、妻殺しの完全犯罪を疑われている古本屋の店主「キンメル(エディ・マーサン)」に興味を持って、客を装って接触を試みる。
 数日後、クララにウォルターはついに離婚を切り出す。「離婚したら死んでやる」と言いながら、母親の介護に家を飛び出したクララはキンメルの妻が殺されたバス休憩所の下にある森で転落死体となって発見された。普通に考えれば自殺だが、キンメルを犯人と断定して追い回す刑事「コービー」は二つの事件に関連性があると睨み、ウォルターにも疑惑の目を向ける。

 原作は「見知らぬ乗客」「太陽がいっぱい(リプリー)」「キャロル」の原作者「パトリシア・ハイスミス」のサイコスリラー「The Blunderer」の二度目の(1963年の「Le meurtrier(殺人者)」のリメイク)映画化。これまで20作近く映画化されているもの、アメリカ出身でありながらヨーロッパで人気がある作家で、日本公開には恵まれていない。ハイスミスの作風はそもそもミステリーではなく、リプリーのような悪人(あるいはアンチヒーロー)やただの愚かな人間が、犯罪や不合理な行為を行い、不安感に苛まれるというブラックユーモアや諷刺に満ちたもので、原作は未読だがこういうイラッとする作品ではあるのだろう。最初の映画の英題は「十分なロープ」だったので絞殺の要素があったのだろうか? なにはともあれ、原作者が原作者なのでミステリーは期待しても仕方がないかもしれない。そもそも、原作の原題からして「粗忽者」なので、登場人物が間抜けな馬鹿ばかりだというのは仕方ないというか、そういう原作なのだろう。映画自体の原題は「A KIND OF MURDER」なので「ほぼ殺人者」といった意味。

 正直タイトルだけでネタばれだが、ウォルターは建築家と小説家の才能はあっても、悪人にはなれない、ただの馬鹿。自らの願望と小説のネタ集めに殺人の容疑者と何度も会って、コービーに余計に疑われる。コービーに疑われないよう適当にウソをついてるうちに、まるで本当の犯人のように見えてくるのは見事だ。
 しかし、刑事であるコービーもかなりの馬鹿で人が死んだ場所がたまたま近くで、旦那がいるというだけで「妻殺しの模倣殺人」に違いないと思い込む。そもそも、キンメルの妻はどう見ても恨みを持つ者による滅多刺しの惨殺であり、キンメルのアリバイもアリバイとは言えないようなもので、おそらくこの意味不明さはコービーの底抜けの無能さを強調しているのだが、監督の演出があまりに下手なために見ている方はそれが理解できない。適切な演出をあえて言えば、すぐに決め付けで殴るこの男の粗暴さくらいだろうか。
 キンメル役のマーサンが実にいい。日本では「おみおくりの作法」が有名だろうが、普通に見ればあまりに人が良さそうでとても人を殺せそうにない。しかし、時折見せる陰気で胡散臭い表情。そして、切れて暴れたり、コービーにあることないこと吹き込まれ、冷静さを失い殺人鬼に変貌。これはかなり怖いし、名優の底力を見せてくれる。コービーと(間接的に)ウォルターのせいで唯一の友人を失ったという絶望の表情もすごい。だが、彼もウォルターを殺そうとして、間違ってコービーを殺してしまうという間抜けっぷり。まあ、しかしそれも本当の意味で恨み重なる相手を殺せているという皮肉だろう。

 実はこの映画、原作者の意図を知っていて分解していくと見事なブラックコメディーなのだ。ただ、監督の技量があまりに不足しているし、観客にも技量と知識を求められる。そして、そもそも、この話自体がウォルターの現実なのか、ウォルターの書いた小説なのかが分からないことを表現しようとして技量不足から単に失敗しているように見える。ウォルターが楽しそうに書いていた新作は「妻を殺す小説」なのだ。
 こうやって、疑問を持って考えてやっと分かる映画だが、原因が「単に監督の腕が悪い」という結論にたどり着くのは実に空しい。

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