ここから本文です

散歩する侵略者 (2017)

BEFORE WE VANISH

監督
黒沢清
  • みたいムービー 690
  • みたログ 2,562

3.13 / 評価:1952件

概念を失くした人←自分にも経験あります

黒沢清監督の作品レビューを書き込むのは「岸辺の旅」「クリーピー/偽りの隣人」に続いて3作目だ。黒沢監督の映画としては、他に「スウィートホーム」「CURE」を映画館で観たことがある。今回取り上げる『散歩する侵略者』は、2017年のキネマ旬報ベストテンで邦画の5位に選ばれた。劇団イキウメが演じた舞台を基に映画化したという。
「ウルトラセブン」のサブタイトルのような題名である。親しい者の人格がそっくり別の誰かに乗っ取られるというプロットは、フック星人が団地を深夜に住人ごと入れ替えてしまう「あなたはだあれ?」を思い出す。つくづく「セブン」のサブタイトルはセンスがあったのだと思う。

人間に憑依した正体不明の侵略者が人々から「概念」を奪っていき、少しずつ人間に近づいていく。奪われた人間は廃人のように動けなくなる者、外見上それほど変化ない者など反応はさまざまだ。これは奪われた概念の内容によるのだろう。侵略者の正体が画面に映ることはなく、それがかえって不安感を高めている。
侵略者が概念を奪うシーンで照明が少し暗くなるが、これは演劇らしい表現だと思った。派手な特撮場面はごく少なく、わずかに侵略者の通信機が作動する場面と、ラスト近くで大量の火の玉が降って来るシーンがあるだけだ。長谷川博己が工場跡で爆撃されるシーンは、小さい頃に見た「仮面ライダーV3」や「秘密戦隊ゴレンジャー」のオープニングを思い出した。

1991年の湾岸戦争のとき、アメリカがイラクに攻撃を始めたというニュースを見た夜、犬の散歩のために外に出た。満点の星空が広がっており、今にも空の彼方からミサイルが降ってきて自分のいる日常生活が吹き飛ばされるのではないか、そんな幻想を抱きながら夜道を歩いたのを覚えている。
戦争が早く終わって欲しいと思う気持ちは当然あったが、不謹慎ながら非日常のワクワク感もあり、心の着地点が見つからずに落ち着かない気持ち。さらに言ってしまうと「自分は世界の終りに立ち会っているのだ」という高揚感。松田龍平と長澤まさみが海岸でたたずむクライマックスで、そんな感覚を思い出した。

概念を奪われておかしくなった人々が病院に担ぎ込まれパニックになる場面は、介護や看護の仕事に就いている人なら「自分にも経験ある」と思うのではないだろうか。入院患者や入居者の中でインフルエンザが大流行する時である。感染者は健康な人から隔離しなければならず、限られた職員の中で体温や血圧を測ったり薬を飲ませたり、と目の回る忙しさ。でも心の片隅は妙に冷静で「まるで野戦病院だ。いや、パンデミック物のSF映画に近いかな」と、客観的に見ている自分がいて・・・。そんな事を思えるのも、インフルの流行はいずれ沈静化するのを分かっているせいだ(映画から脱線してすいません)。

本作を代表するビジュアルといえば、制服を着た血まみれの女の子(恒松祐里)が操り人形のような足取りで車道を歩く場面になるだろう。この子は大の男を相手に格闘したり銃撃したりと、本作の暴力的な場面を一手に担っている。正拳で車のフロントガラスを貫通する場面は、生身の人間がこんな事をやったら骨折するのではないかと心配になった。
この冒頭の場面で、通りがかりの車は彼女を避けるために停車したり接触事故を起こしたりする。これが後半で車に撥ね飛ばされる場面の伏線になっている。彼女に憑依した侵略者は、車は人を殺しうる凶器だという概念を学習していなかったのだ。

笑えるのは、概念を奪われて逆にプラスの方向に変化する者がいる事だ。満島真之介演じる引きこもり男は、「所有」という概念を奪われたことで自分を縛り付けていた何かの枷から解き放たれて、人々の前で街頭演説するほどの社交的な人間に変身してしまう。もう一人、長澤まさみの嫌味な上司(光石研)は「仕事」の概念を奪われて子供のように大はしゃぎ。陽気な性格に変わった光石と長澤のやり取りをもっと見たかった。

概念を奪われて抜け殻のようになった人間というのは、僕にも経験がある。僕の連れ合いは癲癇の持病があり、今年に入って長時間回復しない重い発作を起こした。立って歩くことはでき、電話に出ることはできるのだが、玄関の鎖を外す方法が分からず、仕事帰りの僕は長時間外に締め出される結果になった。「食べる」という概念も失くしたようで、夕食に全く手を付けずに捨ててしまった。
後日かかりつけの精神科医に症状を話したところ、検査のために即入院となった。入院先で新しい薬を処方したところ症状は改善がみられ、現在に至るまで大きな発作は起こしていない。
映画と違うところは、映画はハッピーエンドにせよバッドエンドにせよ時間が来れば終わり、いい映画でも後でたまに思い出す程度になるだろう。しかし現実はここで終わりという事はなく、いつ症状がぶり返すかという不安と共に生き続けなくてはならないのだ。

詳細評価

物語
配役
演出
映像
音楽

イメージワード

  • 悲しい
  • ファンタジー
  • 不思議
  • パニック
  • 不気味
  • 恐怖
  • 絶望的
  • 切ない
  • コミカル
このレビューは役に立ちましたか?
利用規約に違反している投稿を見つけたら、次のボタンから報告できます。 違反報告
本文はここま>
でです このページの先頭へ