2017年4月29日公開

草原の河

河/RIVER

982017年4月29日公開
草原の河
4.1

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作品情報上映スケジュールレビュー

作品レビュー(10件)


  • fpd********

    3.0

    チベットが好きな方にはいいかも

    チベットの広大な自然、遊牧、素朴な家族と日々の暮らし、そして少女。この少女がなかなかいい。大きな感動があるわけではないが、こころに沁みてくるものがある。チベットが好きな方には、いい映画だと思います。

  • bakeneko

    5.0

    ネタバレ本名=ヤンチェン・ラモで演じていたんだ♡

    このレビューにはネタバレが含まれています。
  • tac********

    4.0

    ドラマがなさそうなのに目が離せない

    世界遺産などの美しい風景を見ていると見飽きないように 何の変哲もない映画なのに、じっと見入ってしまう。 大きなドラマがある訳でもないし、セリフも少ないが、画面の切り替えや、切り取り方がうまく印象に残る作品だと思う。 ヤンチャンラモの危うげな感じ、お父さんが何を考えているのか 解らないもどかしい感じ、羊たちが犬のように活動的で可愛らしい。 高度3000mでの生活、 自分たちのせわしない生活と比べて色々と考えさせられるものがあった。

  • ma8********

    5.0

    ネタバレ可愛すぎる〜〜

    このレビューにはネタバレが含まれています。
  • nn1********

    5.0

    一口寸評

    ‘ヤンチェン・ラモ’、遊牧民の父と母は、幼い一人娘をいつもそう呼ぶ。 チベットの大草原を生きる少女は、可愛さを通り越した色気を放ち、まるで大地に体を売る娼婦のようだ。 彼女(役名、実名とも同じ)が上海映画祭で、史上最年少の新人賞&主演女優賞に輝いたことに納得する。 このチベット人監督初の日本公開作品は、名作といっていいやもしれぬ。 一家が暮らす厳しく雄大な自然をバックに、ロングショットを多用したこれまた雄大なカメラワーク。 そのなかで、乳離れしない少女が母のお腹の子に抱く反感や、出家した祖父と父との確執などが訥々と描かれる。 劇中のBGMは、家族3人の思いをのせて草原を流れる風の音だけ。 シンプルかつ美しい映画だ。

  • xfj********

    4.0

    チベット高原の少女

    小さな運動靴をはいた少女が、バイクに乗る父の背中にしがみつく姿がけなげで、可愛い。 でも、父の言う事を聞かなかったり、母を困らせたり、子どもを「幼気」(いたいけ)だけで描いていないところが良かった。 それは、父の理不尽な態度に対する子どもなりの「抵抗」であるし、母への愛情の裏返しなのが、自然とこちらに伝わって来る。 2015年製作、チベット人中心のスタッフによって描かれた、現在(いま)のチベット。 厳しい自然の中での一家の生活を淡々と映し出す。 夜、親子三人が眠るテントの外には狼がうろつき羊を襲う。 そんな時でも母親は「外が騒がしいわ。」と、それ程慌てる様子もない。 父は「可哀そうだから、連れてきた。」と、半死半生の羊をテントの中に引きずってくる。 羊の血がドクドクと地面に流れ出るのを見つめる少女。 テントの布地一枚で、自然界の生死と隔てられている暮らし。 オープニング・クレジットの黒い影は、テントの布が風に揺れている様子を映し出したものだった。 父と祖父の確執もこの作品のテーマのひとつだ。 父が祖父に素直になれないのは、4年前の出来事もあるが、祖父が近隣の人々に「行者様」と呼ばれ尊敬される人物で、なかなか乗り越えられそうもない高い壁のような存在だったからだろう。 しかし、少女にとっては、病気で体調を崩している「おじいちゃん」に過ぎなかった。 ソンタルジャ監督には娘さんがいるらしい。道理で細かいところまで少女の気持ちに沿った脚本・演出だった訳だ。 少女が大事な「クマのぬいぐるみ」を畑に埋めたエピソードも、終盤でその理由が分かるとホロリとします。良いお姉ちゃんになれそうですね。 少女を演じたヤンチェン・ラモは子役ではなく、立派な女優さんでした。

  • da5********

    3.0

    “絵本映画”は珍しい

    何だかとても変な気持ちで観ていた。 (1)開放的な風景映像は飽きさせない (2)人物たちはやたら寡黙(質問に答えないというのも多い) (3)満を持して発せられるセリフはことごとく平凡で単純で浅い (4)主役女児の愛らしい精神性(これは憎みようがない) 退屈なのだが、作品否定まではしたくならず、何だか図書館のキッズコーナーで大人の私がたまに気まぐれで手に取ることのある“良作絵本”のたたずまい。 観おわったあと、パンフで確認したら、監督はこんなことを語っていた。 (1)主役の女児をとにかく撮りたくて、そのために、このストーリーを創出 (2)自分の子供たちにまずは見せたかった つまり、岩波ホールなんかで教養好きの中高年らがお行儀よく鑑賞すべき文芸映画なのではなく、親子連れでお気楽に娯しんでこそ有用なのであった。 好悪でいえば私には、父は一貫して感じ悪く、女児も、セリフは完全にあどけないくせに表情と髪形(長い鬢)と確信的演技姿勢だけがやたら大人びていてちょっとばかり異形的だった。曖昧な美しさ(?)のある常識的な母だけはずっと感じ良く、母が登場するたびに私はホッとした。 女児が別のことでワアワア泣いていたシーンを「お母ちゃんごめんなさい」のワアワアシーンにいきなりスイッチした。そこの技法は素晴らしい。 父と祖父の関係性は、赤の他人(しかも無宗教)の私の目にはどうでもよかった。ゆえに、エンドへのまとめ方にはちっとも満たされなかった。 一言でいえば、つまらない映画だった。

  • san********

    3.0

    美しい風景と普通の出来事

    この映画で描かれる家族間の軋轢や葛藤といったもの自体は、世界中どこにでもありそうな凡庸なものだが、この映画の舞台となるチベットの大自然がひと味もふた味もスパイスを加えていて深みと余韻を味わわせてくれる。

  • j9i********

    4.0

    天珠を貴ぶ人々

    草原の背後に聳える山脈が眩しい。 物語の舞台は、中華人民共和国、青海省、同徳県の草原である。 いわゆる、チベット族自治州である。 物語は、半農半牧畜の地域の、父、子を宿した母、独り子の娘。一つの家族の日常である。(以降、娘からみた続柄で記述する) チベット族自治州といえば、民族弾圧の情報が多く入るが、この物語では、政治的なものは一切ない。こういった生活者が直面している社会面などは描かれていない。 ただただ、海抜3000mの地で生きる小さき家族の日々の営みが草原の風に乗って観客の心に届く。 政治的なものは無いと言ったが、敢えてあるとすれば、祖父の存在であろう。祖父が"行者"であり、祖父は、昔、修行の身であったとき、無理やり還俗させられ、所帯を持った後、僧院に戻る機会が訪れ、家族を捨てて再度僧籍(行者)となったという事情であろう。(家族を捨て、という表記は私が映画をみての感想で、物語は、そうゆうセリフはないです) この還俗というのは、恐らく文革ではないかと推測する。 この物語から感じたものは、民族という枠ではなく、男と女、夫と妻というものはどこも変わらんなぁ、というものだ。今時の都会住みの若き日本の男女がこの映画の夫婦をみたら、他所の文化に見えるかもしれんが、この夫の姿、妻の姿は、ちょっと前ならどこでも見えた日本の数多の夫婦の姿だった。えっ、俺はこんな男と全然違うって。いや、そこの爺さん、あんたとおんなじだってばさ。 お母ちゃんのお腹に赤ちゃんがいることが知れたときからの娘の幼児帰りが微笑ましい。 急におっぱいを欲しがる娘に対する対処方法は、あー、私もやったわあって共感するお母さん多そうです。 映画の中の幼子と動物というものは抗えない魅力の塊であるが、本作でも、娘が家に一頭だけ残った子山羊と睦まじくいる姿は、微笑ましくてたまらない。 娘が、ジャチャチャーチャー(羊の名前はジャチャ)て呼ぶ、ジャチャがトコトコ駆け寄る。 トラックに乗って出かける娘を必死で追いかけるジャチャ。娘は妹のように羊を可愛がる。 ジャチャの喪失は、私の父の幼少期の話が蘇り、娘の嘆きが、幼き日の父の嘆きに重なり切なくなった。(私の父は、ちょうど娘と同じ年頃時に子豚を一頭飼っていて名前を付けてとても可愛がっていたのです。ある日小学校から帰ったら・・豚なのでお察し。私の父は動物好きですが、それ以降、結婚後も一切動物を飼うことを拒否しました。) 父親が行者の見舞いに行かないせいで、娘が意地悪な子供達にいじめられ泣きながら帰るシーン(ジャチャを喪いそのショックも癒えてないのに)は、演技とはとても思えない泣き方で。こうゆう泣き方に私弱いんです。 起承転結の結。 娘が祖父と屈託なく触れ合うを背に一人川のほとりに寝転びひっそり泣く父の姿。 ドキュメンタリーではなく物語ならではの、草原の民の生き方の見せ方。 草原を渡る風がピリリとときに心地よく私の頬を撫ぜる。 「天珠についてと思い出した伝説」 物語では、天珠という小さな装身具が恭しく供えられています。 日本でも、オリエンタルなアクセサリーが好きな人ならわりと馴染みがある装飾品です。 チベットの人々の間では、単なるアクセサリーではなく、福をもたらす神様の恵み物だとされています。 娘が母親に、赤ちゃんがどうしてお母ちゃんのお腹に入ったの、と聞きます。よくある問ですね。日本だったらコウノトリが、てお話ししますが、ここでは、天珠が赤ちゃんを授けてくれたのよって言います。 チベットの湖は、女神が落として108個に細かく割れた鏡であると言われています。 娘が手遊びする壊れたサイドミラーと父親がバイクで落ちる氷が溶けた湖を思い出し、ふと思い出した伝説。(うる覚えなので間違っているかも) (追伸) 言語が朝鮮語と響きが似てるなぁと思った。

  • sev********

    4.0

    ヤンチェン・ラモ。彼女がすべて。

    (映画祭の解説) 羊を追う遊牧民の一家。ひとり娘の幼いヤンチェン・ラモは、自分のあとに赤ちゃん が生まれたら、両親が自分にかまってくれなくなるのではないかと不安になっている。 父のグルは村人たちと接することなく暮らしている。かつて祖父が家を出て僧侶に なったため、グルは親から十分な愛情を与えられなかったという思いが強い。祖父と 父、父と娘はそれぞれぎくしゃくした関係のなかで生きている。やがてその関係が変 化する時がやってくる。幼い女児の目を通して描く、チベット遊牧民一家の物語。雄 大な風景のなか、少ないセリフとともに映画は淡々と進行していく。新鋭監督のソン タルジャは、ペマ・ツェテン監督の『静かなるマニ石』(05)や『オールド・ドッグ』 (東京フィルメックス2011最優秀作品賞)で撮影監督と美術監督を担当した注目のチ ベット映画人。上海国際映画祭2015でヤンチェン・ラモが最優秀女優賞を受賞。 そ、そうだったのか。↑の作品解説をコピペして初めて知った。ヤンチェン・ラモが 最優秀女優賞。わかる~。もう、かわいくてかわいくて。 “かわいい”とは、イマドキのアイドルみたいな顔だとか、やたらと整っているとかで は全然ない。画像を見ていただきたいが、私たちがイメージする“いかにもチベットの 女の子”である。もう、表情からしぐさから、かわいい。“おてて”もかわいい。 終始ニコニコしているわけではなく、どちらかというと、不機嫌なシーンが多かった ような気がする。しかし、そんな幼い彼女にものすごく惹き付けられるのだ。 ストーリーなんていらない、と思ってしまう。それでも、物語は家族の複雑な事情を 抱えて進んでいく。 父は祖父と距離を取っており、用事があってもヤンチェン・ラモを連れていって彼女 にことづけ、自分は会わない。それを妻には内緒にしている。そんな父のことは地域 で皆が知っており、ヤンチェン・ラモは近所(といってもおそらく家はずいぶん離れ ていそうだが)の男の子たちに「お前の父ちゃんは~」みたいにいじめられる。そし て母のお腹には赤ちゃんがいて、それも悩み。 よく考えたら重たい展開なのだが、解説のとおりセリフも少なく淡々としている。 淡々。でも。見てよかった、すごくよかった。彼女の顔がずっと浮かんでいる。日本 でも公開されるといいなと思う。この魅力的な小さな女の子に会いに行ってほしい。 雄大な河は、大きな隔たりの比喩。 (東京国際映画祭2015 P&I上映で鑑賞)

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