ここから本文です

上映中

三度目の殺人 (2017)

監督
是枝裕和
  • みたいムービー 1,127
  • みたログ 4,230

3.61 / 評価:3,330件

三度目の殺人、その十字架を背負う者は誰か

  • 映画生活25年 さん
  • 2017年9月10日 8時34分
  • 閲覧数 17370
  • 役立ち度 113
    • 総合評価
    • ★★★★★

生まれて来ない方が良かった人間っていうのが、世の中にはいるんです。
被告・三隅(役所広司)のこの言葉を、若い弁護士(満島真之介)は即座に否定する。
どんな人間でも殺していいはずはない。
熱く真っ直ぐで、美しい考え方である。

だが重盛(福山雅治)の考え方は違う。
本人の意思とは関係なく、何の落ち度のない無垢な命も理不尽に奪われることがある。
私もこの考え方に近い。
たとえば、幼児虐待の報道を見ると思う。
幼く無垢な命を奪ったこんな鬼畜は、生まれて来なければ良かったのではないかと怒りともに思う。
そして同時に、本来ならば無条件に愛され守られるはずなのに、理不尽に命を奪われたこの幼な子は、いったい何のために生まれて来たのだろうかと、憐れみと悲しみとともに思う。
「生まれて来ない方が良かった」という言葉は、誰に向けるかによって、その意味は全く違ってくる。

「あなたのような弁護士が、被告が罪と向き合うことを妨げる。」
検事(市川実日子)のこの言葉を鼻で笑う重盛だったが、奇しくもその重盛自身が罪=真実に向き合おうとし、もがき苦しむ。

三隅と被害者の娘の交流や、被害者の行状を描く映像は一切ない。
しかし、うたた寝する重盛の夢とも想像ともつかぬ映像が観る者を惑わす。
なぜ殺したのか、いや、殺したのは彼なのか。
その真相だけを追って観たとしたら、消化不良感のような不満を持つかもしれない。
その真相ついては、重盛はわかっていると思う。
私も冒頭の映像が示した通りと解釈している。

だが肝心なのは真相以上に真意なのだろう。
死刑回避を模索した真意は?
あのような供述や証言をした真意は?
それは彼なりの優しさなのか、それとも戦術なのか。
彼は逮捕前に、飼っていたカナリアを殺して埋めているが、そこに記した十字の意味は?
カナリアを殺したのも彼なりの優しさなのか。
それとも、そうすることしかできない彼という存在の愚かさと悲しさを象徴しているのか。
一羽だけ逃したというのは本当のことなのか、本当ならばその意味は?

接見室で向かい合う三隅と重盛。
仕切り板に反射する顔がやがて重なっていく。
この描写が全てを物語っているのだろうか。
境遇も立場も違うが同じ人間。
人は人を救い、また人は人を殺す。
その動機や手段、意義により、然るべき場に立つことになる。
この差はいったい何なのだろうか。

「生まれて来ない方が良かった」という言葉が、誰に向けられたものだったのか、それを悟ったときは愕然とした。
「いい話だよね、本当なら」こううそぶく三隅の気持ちを思うと、やりきれない想いでいっぱいになる。

私なりの解釈をしているが、三度目の殺人というタイトルの意味は?
ラストショット、十字路に立った重盛は、これからどこに向かうのか。
そもそもその十字路はそれぞれどこに向かうものなのか。
それともそれは十字架を意味するのですか、是枝監督。
十字架だとすれば、三度目の殺人に加担してしまった重盛が背負っていくという意味なのですか?

映画を観て感動することは多々ある。
だが本作については感動という優しい言葉は似合わない。
人を殺して焼いた残忍な悪人と、ただ職業上の義務感から、その悪人の命を渋々ながら救おうとした弁護士の物語である。
そう頭で考えても、心はそれだけでは済まされない。
感動はしていない。
ただ、激しく動揺している。
私は死刑制度を支持している。
今の司法制度も、疑問は多々あるが、完璧な制度などないものだと割り切っている。
だからこそ十字架を背負わされた気がして、動揺しているのである。

今のところ本年ベスト1の傑作、いや名作と評しても過言ではない作品である。

詳細評価

物語
配役
演出
映像
音楽

イメージワード

  • 未登録
このレビューは役に立ちましたか?
利用規約に違反している投稿を見つけたら、次のボタンから報告できます。 違反報告
本文はここまでです このページの先頭へ