ここから本文です

こんな形の幸せもよい。と思わせる

  • chanrinsham さん
  • 2020年5月10日 16時39分
  • 閲覧数 1308
  • 役立ち度 3
    • 総合評価
    • ★★★★★

かつてはシルクシティとして栄えたニュージャージー州のさびれかかった街パターソンで、バス運転手として働くパターソンと妻の、何気ないが充実した一週間を描く。2人は6時過ぎに自然光とキスで目覚め、パターソンは仕事の合間に詩をノートに書き留め、妻は、毎朝不思議な夢で目覚め、DIYやカップケーキ作りで日常を楽しむ。

ここで描かれる生活は、お金やキャリアでの成功でもなく、自己実現や夢をかなえる姿でもなく、SNSでつながってリア充を見せ合うでもない。また、コミュニティの強いきずなで結ばれるでもない。さらに言えば、主人公はたまに映し出される兵役時代の肖像写真から、ひょっとすると(カイロレンのように!)心に傷を負っているのかもしれないが、妻との会話では笑顔を見せる純真無垢な青年だ。どことなく寂しそうで無表情な雰囲気は、常に明朗で笑顔な、ハリウッドが描きそうな幸せなアメリカ人の表情とは異なる。

それでも多くの人は、このカップルを幸せだと感じるだろう。一見何の変化も社会的成功もない毎日だ。もちろん、厳密に言えば二人は進歩している。夫は毎日詩を書き溜め、妻は家具を独自のデザインでアップデートし、ギターを習得し、ホームメードのカップケーキをファーマーズマーケットで売っている。グーたらな私などからすれば大変な進歩だ。しかし、そうした日々のささやかな進歩以上に、二人がお互いを愛し、毎日を生きているという実感がある。数ある幸せの形の中から、本当にここに焦点を絞った映画は少ないように思う。

後半、ちょっとした事件が起きる。ペットとして飼うブルドッグのマービンに、せっかく書き溜めた詩のノートをバラバラに引きちぎられてしまう。パターソンは落ち込む。妻も「だからコピーしておいてとあれほど言っておいたのに」などと覆水盆に返らずな意地悪を言うこともなく、ただひたすら同情する。

翌日、滝の前で永瀬正敏演じる日本人に出会う。30年前のジャームッシュ作品にも主演した永瀬の役は、ちょい役でも何でもなく、重要だ。パターソンは彼から白紙のノートを渡され、さっそくそこに新しい詩をつづり始める。得たものにも、失ったものにも執着する必要はない。また始めればいい。彼女にふられてバーで我を失う男との会話にあるように、日は昇り、沈む。毎日が新しい始まりなのである。

アダムドライバーは役柄にピッタリ…と言いたいところだが、前述のように無表情というか不機嫌にも見えてちょっと心配になるほど。また、詩の朗読は武骨で(それが素人っぽくていい面もあるけど)もっと低音な声が合う。BGMも、冷たいアンビエントではなく、温かめの静かな曲のほうが合うのでは。この辺の空気感がややマイナス。

なお、ウィリアム・カルロス・ウィリアムズの詩は入手が難しそうだが、劇中パターソンが創作する詩は、ロン・パジェットRon Padgettという人の作品だ。

詳細評価

物語
配役
演出
映像
音楽

イメージワード

  • ロマンチック
  • 知的
このレビューは役に立ちましたか?
利用規約に違反している投稿を見つけたら、次のボタンから報告できます。 違反報告
本文はここま>
でです このページの先頭へ