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ウィッチ (2015)

THE WITCH/THE VVITCH: A NEW-ENGLAND FOLKTALE

監督
ロバート・エガース
  • みたいムービー 147
  • みたログ 566

3.20 / 評価:442件

恐ろしいほどに恐ろしい

  • yuki さん
  • 2019年10月2日 18時31分
  • 閲覧数 2879
  • 役立ち度 0
    • 総合評価
    • ★★★★★

近年ここまで怖いと思ったホラー映画はありませんでした。というか、今まで見たオカルトホラーの中でダントツで怖かったかもしれない。それくらいのヒット作でした。

舞台は近世、森の近隣に移り住んだ一家を中心に物語は進みます。一家以外に住民はおらず、自給自足の貧しい生活を強いられています。獲物を求め、長女のトマシンは弟と森に侵入しますが、実はそこは魔女の巣食う土地だった……というストーリ。

魔女映画といえば、やはり『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』を思い出します。あれも非常に怖い映画でしたが、やはり共通して重要なのは「森」だと思うんですね。実は怖いのは魔女よりもこっちなんです。魔女というのはしょせんオカルト、写っては興が醒めるもの。その姿をギリギリまで隠すのが「森」という存在です。森と魔女が結合することで、森自体がひとつの生命のように胎動します。森というのは、本来とても不気味なものだということを改めて確認しました。倒れ張り巡らされた木々はまるで魔女の存在を隠すため、そして哀れな獲物を誘い込むがための罠のようです。森の深奥から、魔女がスッと現れたときの異様な不気味さと言ったら!

音響演出も巧みで、ヤギやウサギといった普通の動物が、まるで魔女の化身のように見えてきます。ウサギがこんなに薄気味の悪い動物だったとは!
この音の演出は観客の好き嫌いが分かれそうなところですが、現代ではこれくらいのハッタリがなければホラー映画として機能するのは難しいように思います。じっさい、怖かったし。これはアダム・ウィンガードの『ブレアウィッチ』にも通づるところです。

主人公の父親は厳格なキリスト教徒で(ピューリタンなのかな?)、それが原因で一家は街を追放されています。家族も信心深いですが、しかし父親の独善的な信仰心は、次第に一家の生活を破滅に追いやっていきます。とくに、自分の息子達を悪魔の手先かと疑うところはキチガイポイントが高くて良いです。しかし、これが17世紀の普通の価値観だったのかもしれませんね。

貧しい生活に追われ、息苦しい家庭に疲弊したトマシンを、父親がさらに追い込みます。さて、これは実は、魔女による策略なのか、宗教一家による集団ヒステリーなのか、そんなミステリーも一瞬脳裏をよぎりますが、これは安易なまでに、「オカルト」の映画です。その正直さに再び心を掴まれます。そしてさらに心胆を寒からしめるのです。

一歩間違えば子供騙しに転落しそうなこの映画を成立させているのは、映像のセンスによるところが大きいと思います。寂寥として、始終薄暗さに包まれた画面ですが、魔女が近づいてきたときの映像の力強さは、異様な雰囲気が漂っていて凄まじいです。四角いフレームの外側が、恐ろしくて仕方がない。そして、恐ろしくありながら美しくもある。恐怖と映像美が両立したとてもハイセンスな作品です。一体どうしたら、こんな不気味な映像をこんなに美しく撮れるのか。

とくにそれが現れているのがクライマックスでしょう。並の映画なら絶対に不可能だった領域に、説得力ある強靭な映像美で到達しました。

オカルト映画のオチはだいたい展開が決まっています。典型的なのが『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』で、魔女も写らなければ、最後に何が起こったのかもわかりません。けっきょく、オカルトというのは理屈をつけるのが不可能なので、あいまいにして茶を濁すしかないのです。しかし、この映画はそのさきへと進んでいます。オカルトがたどり着ける極限へと歩を進めました。『1984年』が全体主義社会の裏側を暴露したように、この映画も魔女世界の機序を明らかにします。初めて、真に「ホラー映画の裏側」にたどり着いた作品なのです。

詳細評価

物語
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演出
映像
音楽

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