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映画 中二病でも恋がしたい! Take On Me (2018)

監督
石原立也
  • みたいムービー 83
  • みたログ 446

4.18 / 評価:394件

逃避もいいものだよ

  • raz***** さん
  • 2018年10月27日 11時41分
  • 閲覧数 313
  • 役立ち度 0
    • 総合評価
    • ★★★★★

全国各地を逃げ回るアニメ。
中二病とは逃避だよ、でも逃避もいいものだよ、ということかな。
六花にとって、十花は現実だとすると、勇太は現実と逃避の中間的存在。
タイトルからして勇太がゴール。であることはいいけど、その答えに至る道筋が良く分からなかった。

映画の中盤では、指輪のプレゼントが六花の心を変異させる。六花は現実側に心が惹かれだす。しかし自分が変わってしまったら、勇太の心をつなぎ留められなくなってしまうのではと恐れだす。

いつの間にか、現実か逃避かという出題が、恋愛の話に切り替わる。
これは、十花という外的要因から、恋という内的要因への変化。

じゃあ六花はなぜ恋をすると力が抜けていくと感じちゃったのか。

高校の期末テストの点数が悪かったのが伏線だろうか。
現実において六花はほとんど努力らしい努力をしていなくて、
自分に自信がないのであろう。そして恋愛においてもそうであるということ。
ならば、六花にとって恋愛とは現実側の存在。だから力が抜けていく。
その気持ちは分からないでもない。状況を逆転させると、勉強ばかりの優等生がリア充の輪に入っていけない感じとも似ている。

似たようなシチュエーションとして、異性の幼馴染への恋があげられる。
兄妹同然に育った場合、恋心が芽生えると急に相手を避けるようになる。
小さいころよくわかりもしないで将来結婚しようとか誓い合っていたら
恥ずかしさが倍増する。

逃げた六花を勇太は必死に追いかける。僕は正直面倒くさいと思ってしまった。六花は可愛いと思うが、逃げた彼女を追いかける気にはなれない。勇太が六花と再会した時、阿吽の呼吸で中二病を発動させた。ならば勇太を突き動かしたのは、恋よりも中二病に対するシンパシーの方が強いのだろう。しかし僕はこの映画を見て中二病が楽しいものとは思えなかった。この映画は中二病に対する照れ隠しが見て取れる。勇太の中二病への気持ちを観客に刷り込む必要があったが、それが達成されていない。

この映画は勇太の心の広さがストーリーを支えている。
ただし、その広さに甘えているのは六花だけ。
ゆえに主軸が2人の関係に絞られていてスッキリしている。
甘えていることを観客に感じさせないように配慮が行き届いていて、
六花に感情移入できれば、ぬるま湯が心地よい。

詳細評価

物語
配役
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音楽

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