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レジェンダリー (2017)

PILGRIMAGE

監督
ブレンダン・マルダウニー
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2.83 / 評価:66件

地獄から

  • ata******** さん
  • 2020年11月28日 14時41分
  • 閲覧数 270
  • 役立ち度 1
    • 総合評価
    • ★★★★★

地獄から這い出てきた戦士、バンサールが教皇特使ジェラルドゥスの唆しを受けて再び背教者どもに挑む。こんな最後の一幕を経て聖遺物が守られるかと云えば、ある意味守られる。左様、もう誰の思惑にも振り回されないでいられる海の底に眠るのだ。何百年か後、網を引く者が異様に重たいあの石塊を引き上げ、不可解な思いから手元に置く事でもあれば、後世、科学的分析の末アナトリアに落下した隕鉄の残滓と同定され、それがアイルランドの海から引き揚げられた不思議と共に紹介される事もあるだろう。そして、キルマンナンの修道者らの末裔が生活を続けていたなら、失われた聖遺物を八百年を経て再び確認することになるかもしれない。
 ところで、かのバンサールのやって来た「地獄」とはどんな場所だろう。十字軍たけなわの頃だが、内実は大荒れで、人を騙して子どもを攫い奴隷に売り飛ばす「十字軍」もあれば、足りない船賃分を船主の商売敵を襲撃する加勢で負けさせる「十字軍」もありで、そんな事に関わろうものなら当然教皇は怒って彼らを破門する事になる。殉教を覚悟の騎士も破門を背負っては世界の果てで斃れるしかないものかも知れない。もちろん裏表を使い分け聖遺物さえ捏造すれば事足りるとする不信者レイモンドのように、開き直って生きる道もあるだろう。しかし、それをせず悩み朽ちるのを選びこうして廃人となり修道院の下働きで生き延びる。これが地獄の一例だ。
 彼を焚き付けるジェラルドゥスもまた地獄の入り口を知っている。東の異教徒とならぶ、西のアルビジョワら異端派が決起する中、カトリックでありながら異端に宥和的な父親をどう始末したのか?世俗の富の全てを献上し、名誉ある決死の聖遺物探索行に出たのはそんな父の子としての信仰の証しだろう。だが不名誉の挽回どころか自身の異端疑惑の払拭のためにも聖遺物をローマに送らねばならないが、もとよりこの紛争地、いったいどこまで当てにされているのか。
 そんな世界の果てに暮らすのはthe Godとの関係が微妙な者たちばかりと見える。帰依に傾くバロン殿は新来のノルマン人、抵抗する土着民も戦神としては役に立たないキリストを棄て、これと内通するバロンの息子は父を軟弱にした教えを憎む不信者、背教者で忠誠を誓うのはイングランド王のみ。その王は反カトリック、聖遺物の聖性なぞ知った事でないが政治的利用価値と代価の大きさはよく分かっている。しかし、いずれは同じGodをあがめながら異なる教会をプロデュースするイングランド。聖遺物の名を大事にするところはローマに引けを取るまい。
 この一件を語り継ぐ、修道会の外を知らないドーマットの初めての旅は聖遺物をめぐり全ての仲間が落命する結果に終わる。そして、当の石も失われるが、聖遺物捏造さえ企むレイモンドも死んで、この辺境も少し清らになったろうか。修道院に戻れば皆の最期を物語り、キアランが背教者レイモンドの悪逆にも赦しを与えて死んだことを申告するのだろう。しかし、この恐ろしい下界の片隅の修道院で同じ信徒、シトー会士ジェラルドゥスの託つ悲惨な前歴をどう消化し生きるのだろう。結局どこで生きて、何を選ぼうとも人なればこそ悲惨な運命がそこかしこにある。だから、努力して平和を育むのだとキアランが語った事を模索するのだろうか?そして、ジェラルドゥスが異端に散った父を救いたいと願ったように不信者らとて救済されるべきとキアランの今わの際について思うのだろうか?
 神が光あれと命じた時と変わらぬ光に照らされた最後の船上で、教皇が無理難題を解決しようとする力技の行使の末端で、なに一つ手にしないドーマットがどうすべきか問われる。答えようもない途方のなさにいっそ、バンサールのような廃人にでも逃げこみたいのではあるまいか。

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