2018年1月20日公開

ライオンは今夜死ぬ

LE LION EST MORT CE SOIR

1032018年1月20日公開
ライオンは今夜死ぬ
2.7

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29%
27%
18%
作品情報上映スケジュールレビュー

作品レビュー(13件)


  • じぇろにも

    2.0

    ネタバレ男優のセリフのけいこ

    このレビューにはネタバレが含まれています。
  • has********

    4.0

    ネタバレArt作品で大衆受け狙わんのは褒められる

    このレビューにはネタバレが含まれています。
  • sil********

    3.0

    ライオンは。

    老いた俳優は死のシーンの撮影で苦悩していた。そして訪れた想い出のロケ地で、過去に自身に起こった出来事を振り返る。 その土地で、映画好きな子供達とひょんなことから知り合い一緒に映画を作り始める。無邪気だった昔を、恋に一生懸命だった自分を思い出す。 含蓄のある言葉が幾つも出てくる。

  • 柚子

    3.0

    ~ライオンは寝ている~♪

    共演女優のわがままで、撮影が延期になった老俳優ジャンは、かつてこの地で過ごした恋人の屋敷を尋ねる そこには恋人の幽霊と、悪ガキ撮影隊がいた この悪ガキくんたちは、映画の撮影ごっこをして遊んでいるのだが、本物の俳優に出会ったことにより感化され、ちゃんとした映画を撮ってみよう、と 子供たちに、映画とは、そして、人生とは何か、と、語っていく 全部アドリブなのか、子供たちが話す言葉が、実に自然体 これがワークショップというやつか そのまんま映画として見せるんだね イマイチ本作を理解したとは言い難いけれど、子供の生き生きとした生命力と、年老いた老人の対比 死を含め、人生だ ジャン=ピエール・レオは、いつまでたっても、他のどんな作品をたくさん見ようと、私の中では永遠のアントワーヌくんであり、アントワーヌがそのまま老人になったら、きっとこんなおじいさんでありましょう 演技であり、演技ではないジャン=ピエール・レオを堪能する ♪ライオンは寝ている、の使い方が素敵

  • sea********

    3.0

    変わってないな。

    アントワーヌの現在を観たい一心で選んだ作品。やはりジャンは 何も変わっていなかった。子供達がクソジジイ呼ばわりするその 名優は今もホントに子供っぽい。それだけに愛らしくどんなに歳 を重ねても無邪気に飄々としたそのスタイルと即興演技を厭わぬ 柔軟性が微笑ましい。現実と妄想を行き来する描き方は単調だが、 監督が描きたいものを理解してから観るとなるほどねと思わせる。

  • anz********

    2.0

    ジャン=ピエール・レオ

    ジャン=ピエール・レオを見に行きました。ジャン=ピエール・レオは私にとってはトリュフォーと切っても切り離せません。数年前にトリュフォーの没後30周年で来日された時に舞台挨拶に立ってトリュフォーとゴダールの比較を聞かれて長く生きたからといって勝者にはなれないと言っていたのがしゃれていて忘れられません。この映画では残念ながら彼の現在の輝きも勿論トリュフォーの映画で得られる感覚も得られません。ストーリーは散漫で一部は取ってつけたよう、映像は平板で物語られるエピソードも羅列されたようで面白いとは言えないと思います。

  • s51********

    2.0

    子供たちは楽しそう

    主役の役者さんが大物っぽいのは何となく感じる。 でも物知らずな目から見ると不安定な老人にみえてしまい・・・。 子供たちが楽しそうに映像制作している姿は良しとして、 全体的な印象は不思議な映画だなぁと。

  • fou********

    4.0

    ネタバレジャン・ピエール・レオー好きなら

    このレビューにはネタバレが含まれています。
  • jsr********

    3.0

    夏の庭

    風や鏡を巧みに扱い死者と生者の境界をうやむやにする手腕が見事。 ポリフォニックというほどでもなし、子供の人数が多すぎて母子家庭の少年のエピソードが曖昧で終わっているのが残念。『夏の庭』で良いのに。 子供の無軌道さが生む「映画のマジック」に期待し過ぎていたのでは。 冒頭シーン、監督役が画面奥と手前とを行き来しそのトラッキングの為のレールが映り込んでいれば、これは当然「画面に映り得ない幽霊=キャメラ」を巡る映画だろう等と期待していたのだが。 散歩する幽霊の主観トラッキングショットも不発に終わる。

  • nn1********

    4.0

    一口寸評

    ゴダール、トリュフォーの作品でお馴染みヌーヴェルヴァーグの申し子、ジャン=ピエール・レオーの若かりし頃を知っている者は幸いである。 本作は、70を過ぎて老いた彼の今の姿を愛でる(?)映画だから。 監督は実に奇妙な脚本を書いたものだ。 映画撮影の合間に老優ジャンが訪ねた廃屋敷で、若き妻の亡霊と出会ったり、そこで戯れる子どもたちの映画ごっこに参加したり…。 それとは別に、そのなかのひとりの少年のエピソードが描かれたり…。 とりとめのない話であるにもかかわらず、ここでは「生」と「死」、「老」と「若」がせめぎ合い、そして何よりも映画への愛が溢れかえっていて息苦しくなるほどだった。 監督の即興演出がとても効果的に機能し、南仏の陽光にとろけそうな映像とともに、この作品をかけがえのない思い出にしてくれたのだ。

  • da5********

    2.0

    死を無気力に扱った無物語。映像美には酔う

    配偶者(や恋人や親友)の自殺、というモチーフを軽々しくメインディッシュにしないでほしい。監督も主演者も、本気で自分が死のうとしたことなんてないくせに。 20世紀までの欧州や日本の映画・演劇・文学等があまりにも「若死に」を描きすぎたのは、まあ「戦争や病気等で今よりも死が近かった時代」だから多少仕方なかった。でも、21世紀の今もあいかわらず「チョット気の利いたストーリー」をこしらえようと思ったらすぐに「かつて大事な人が死んじゃってさ……」になる。安直だ。 そもそも、俳優のくせに「死をうまく演じられない」と悩む、というアイデア自体がありえない。このオッサン、本当に俳優? 最近の巷の子役たちは、泣く場面を撮る時に監督から「親が死ぬところを思い浮かべてごらん」と言われて本物の涙を流したりしているぞ。デビューしたての若手俳優は、死体役をやらされることが多いぜ? 死を理解するなんて、年齢に関係なく簡単なことじゃん。「死にたくない」という自分自身の本音の本音。これだけは最初っからわかってるんだから。生物は必ずいつか死ぬんだから。「命」の定義の筆頭は、「死によって終わる」なんだから。 全力で生を生ききれば、たぶん死を死にきれるぜ? 変なところで気取らないで、生涯現役、死の数日前まで立派な人生と立派な役者人生を続けりゃいいじゃん。(美空ひばりみたいに?) こんな凡作に主演した罪滅ぼしに、この俳優はあと20本ぐらい映画に出るべきだな。 風景は綺麗だった。そこへ旅行したくなるぐらいに。撮影技術よりはロケハンのパワーか。

  • ********

    4.0

    死に抗う映画

    2017年。諏訪敦彦監督。年老いた俳優は死をテーマにした作品の合間に、かつての恋人の家に忍び込んで恋人の幽霊に合う。そこで、映画をつくろうとする少年たちと出会い、幽霊をテーマにした映画作りに巻き込まれていく、という話。 自身に迫りくる死、何十年も前の恋人の自殺、父が死んだ少年、死をめぐる歌、そして死をテーマにした映画内映画。これでもかと多層的に描かれる死。様々な死を通して一貫しているのは、死への抗いとしての生。それが映画をつくるということでもある。死の演技ができないと年老いた俳優が言うのは、言葉のとおり、映画のなかにはどんな意味でも死は描けないからだ。映画は生しか描けない。映画のなかの死は演技にすぎないし、死んだ恋人は幽霊としてよみがえる。死をめぐる歌詞のライオンもCGで堂々と歩きまわっている。 ラストシーンのジャン=ピエール・レオの見開かれた目が、死に抗う生の側にある映画を如実に表している。

  • koi********

    3.0

    老雄ジャンを撮りたかっただけ

    最初、生と死の重層的な問題を深く思索し、練り上げられた脚本で構成され、ワンシーン、ひとつの台詞に込められた哲学的な作者の意図を探ろうと真剣に見ていたけど、途中から、そんな大それた映画ではなく、深くもなく「佳作」の範疇に入るかどうかも疑わしくなった。老優ジャンの演技にキレはなく表情も目力もイマイチで、対峙す子供たちは無邪気で素のままで可愛いけれど、演技的には無統率で映画としてまとまりを欠いている。 監督はインタビューで、「物語的必然性ではなく、ジャンとタイトルと歌が最初に決まった。」と語っている。成程、そういう事ですか。諏訪監督の原点なのか目標なのかは知らないけれどヌーベルヴァーグ運動に大いに影響を受け、自ら21世紀のヌーベルヴァーグの旗手を目指そうとしていると思われる中で、ヌーベルヴァーグの申し子とも言える老優ジャンに出会い、彼を自分の映画の中に取り込み,留めておきたいというのが本音のところでしょう。 「生と死は同伴している」というメッセージは監督ではなく、ジャンのメッセージですね。

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