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アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー (2018)

AVENGERS: INFINITY WAR

監督
アンソニー・ルッソ
ジョー・ルッソ
  • みたいムービー 1,293
  • みたログ 7,497

4.23 / 評価:6,231件

21世紀最高のアクション映画

  • yuki さん
  • 2019年5月31日 5時37分
  • 閲覧数 968
  • 役立ち度 6
    • 総合評価
    • ★★★★★

マーベルシリーズは一応すべてに目を通してきたが、特別思い入れがあるわけでもない。凡作も少なくないし、傑作と言われる作品も個人的に胸に迫るようなものはなかった。唯一目を見張ったのはアンソニー・ルッソの『ウィンター・ソルジャー』くらいで、インドネシアの傑作格闘映画『ザ・レイド』を参考にしたアクションは、ハリウッドに新しい風を吹かせた。

本作はそのルッソ監督によるアベンジャーズシリーズの完結編だ。マーベルシリーズのヒーローたちが集合するアベンジャーズは、それまでジョス・ウェドン監督が手がけており、それぞれ独立していたキャラクターが一堂に会するお祭り映画的楽しさはあるものの、単品としてはパンチに欠ける映画だった。

『インフィニティ・ウォー』にもそんなお祭り的要素は残っているものの、それ以上にアクション映画としての純度が異常なまでに高い。二時間半という長尺ながら、尺のほとんどを肉体アクションで埋め尽くすという前代未聞の暴挙。キャラクターの顔見世をそれぞれ独立作で済ませてるからこそできる荒業である。
影のラスボス・サノスが地球へ襲来する冒頭から、フルスロットルで最期まで駆け走る。それもドクター・ストレンジの多彩な魔術ギミック、スパイダーマンの自由な動作、アイアンマンの肉体的なアクションなど、さまざまな趣向でアクションが繰り広げられる。かつてここまで多種多彩で豪華なアクション映画があっただろうか。終盤の大規模合戦は圧巻の一言。まず間違いなくアクション映画史に名を刻む一本であろう。

それでいて、マーベル作品の橋渡しとしての役割も忘れていない。フェイズ2・3で登場した新規キャラクターと既存ヒーローとの邂逅はそれ自体がエンターテイメントだ。インフィニティ・ウォーでは主軸ともなる、ガーディアン・オブ・ギャラクシーの面々はとても生き生きとしている。
GotGはジェームズ・ガンの作家性が強いキャラクターなために、はたして他のヒーローと同じ画面に収まるのか心配だったが、杞憂だった。ノリも音楽センスも全く薄らいでいない。ルッソ兄弟の深いキャラクターへの理解が感じられる。

ほかにも、トニー・スタークが『シビル・ウォー』でキャップから渡されたフリップ・フォンをサッとポケットから取り出す場面など、その一瞬の仕草だけで、かれがいざというときのためにキャップへの連絡先をつねに携帯していること、ヒーローとしての信頼をまだおいていること、事実上政府から見逃してることなど、様々な背景や心理を読み取ることができる。この映画はそういう細々とした演出の一つ一つからキャラクターの関係性を感じられて、非常に”エモい”のである。

ところどろこに挟まれるユーモアは笑いを誘うが、物語は濃厚な破滅への匂いに満ちている。圧倒的なまでのサノスの能力に、為す術なく屈するヒーローたち。あと一つのところで、後手に回ってしまい討ち取りそこねてしまう。それらはある種のマゾヒスティックな快感をもたらし、自己破壊的なカタルシスへと直行する。おなじみのクレジット後のメッセージが、“Thanos will return” からも分かる通り、この映画の主人公はサノスなのである。
映画の気持ちよさとは、必ずしもヒーロの勝利に限らない。強大な力の、圧倒的な破壊力はそれ以上に脳内の快楽物質を放出させる。『帝国の逆襲』がそうであったように。

そして、かの名作を超えるほどの悲劇的なエンディングは、清々しさすら感じさせる。『帝国の逆襲』の公開当時、一部の観客には映画のエンディングが理解できなかった。それまで、物語が宙ぶらりんのまま次作に繋がる映画などなかったからだ。しかし、物語が未完だからといって、作品の本質的な価値は損なわれない。
わたしにとって『インフィニティ・ウォー』は、たとえ次作が存在しなくても、それ自体ですでに完成しているのである。

詳細評価

物語
配役
演出
映像
音楽

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