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羊と鋼の森 (2017)

監督
橋本光二郎
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3.81 / 評価:2218件

「ピアノを食べて生きるのだ」

今回取り上げるのは昨年6月に公開された『羊と鋼の森』。北海道を舞台に(車のナンバーから旭川と思われる)、若いピアノ調律師の仕事を描く静謐な映画だ。原作は宮下奈都の小説で、2016年の本屋大賞に選ばれた。ちなみに本屋大賞の過去の受賞作は「博士の愛した数式」「ゴールデンスランバー」「告白」「舟を編む」など、映画化された作品が並んでいる。
本作のイメージカラーは白と緑で、白は雪景色、ピアノの鍵盤、鋼の弦を叩く羊毛製のハンマー、白樺の幹、花嫁さん(仲里依紗)のウエディングドレスなど数多い。冬をイメージする白と対照的に、緑は夏のイメージで、主人公の外村(山崎賢人)が歩き回る森の色である。僕が見慣れた東京近郊の雑木林とは違った冷帯特有の透明感ある深緑が美しい。

外村の祖父は林業をやるために北海道に移り住み、外村は幼い頃から森の中を歩くのを日課にしていた。深い森に入っても迷わない方向感覚と、野草に関する豊富な知識を持っているが、音楽には本格的に触れた事がなかった。優秀な弟(佐野勇斗)に引け目を感じ、目的なく高校時代を過ごしていたが、偶然触れた調律師・板鳥(三浦友和)の仕事に衝撃を受ける。
ピアノの弦が奏でる音を聴いて、森を歩く時の感覚を思い出す外村。自分の進む道はこれだと思い定めて、家族に打ち明けるが反応はイマイチ。ただ一人祖母(吉行和子)だけは外村を強い眼差しで見つめ、彼の夢を応援している事が分かる。東京の学校で二年間学び、北海道に戻って板鳥のいる楽器店に就職し、先輩たち(光石研・鈴木亮平)の元で調律師としての経験を積んでいく。

本作で最も感動的なのは、外村が初めて一人で担当する南(森永悠希)のエピソードだ。森永悠希は子役時代に「しゃべれども しゃべれども」で落語を演じた事があり、口が軽いイメージだが本作ではひと言もセリフがなく、かえって南の深刻な心の傷を想像できる。これだけではなく本作はセリフに頼らず、映像と音楽のみで状況を説明するシーンが多い。
回想シーンによると、彼を深い愛情で育ててくれた両親が突然亡くなり、ただ一つの拠り所だった愛犬にも先立たれて、幸せな日々に弾いていたピアノから遠ざかってしまったのだ。外村の調律によって南が再起するきっかけを得た、本作の光と言うべきエピソードである。この話だけでは重すぎるので、陽気な青年・上条(城田優)を出してバランスを取っているのだろう。

北海道の広大な平原や山脈などの絶景がふんだんに映るが、特筆すべきは上白石萌音が水中を漂うシーンの美しさで、萌音演じるピアニスト・和音がスランプから脱出するのを象徴的に表している。エンドロールには支笏湖の地名が出てくるので、ここで水中撮影が行われたらしい。支笏湖は抜群の透明度を誇り、レジャースポーツとしてダイビングが行われている。
和音がスランプに陥る原因は分かりにくい。彼女には由仁(上白石萌歌)という天才肌の妹がいて、真面目な和音に肩入れする外村は彼女が自信を持てるように調律していた。それが元で由仁がコンクールで失敗し、和音が自分を責めてピアノに近づけなくなったという事だが、調律一つでこんな影響が出るものなのか?外村が雪の中で倒れて後悔するシーンは、ちょっと笑える。

表題の意味は、ピアノを一生の職業にしようと腹をくくった和音が「ピアノで食べていくのではない。ピアノを食べて行くんだ」というセリフが気に入ったので書いた。僕はピアニストではないのでいま一つ意味を掴めなかったが、心惹かれるセリフである事は確かだ。本作には、音楽をやっている人にしか通じないような観念的なセリフが沢山登場する。
僕は小さい頃にピアノを習っていた事があり、家にあるのはYAMAHAの箱型のピアノだった。たまに発表会の時にグランドピアノを弾くと、家のピアノとは音色が明らかに違う。その違いを言葉で説明するのは難しい。今にして思うと、家のピアノは固くてくぐもった音、グランドピアノは開放的に弾むような音であった。当時はグランドピアノの音色に憧れたものである。

練習に付き合っていた母親からは、よく「もっと柔らかく弾きなさい」と言われたが、具体的にどうすれば「柔らかく」弾けるのか分からずに困った。小さい頃の僕は指が短くて力が弱く、鍵盤を強く叩かないとハッキリ音が出なかった。それだけではなく、当時の僕は楽譜を忠実に再現する事にのみ集中し、音楽を理解して自分の演奏に反映させるという能力には欠けていたのだと思う。
出演者について語ると、山崎賢人は頑張っているが、セリフがモゴモゴしているように感じる。ピアノに例えるならハンマーの調子が悪くて弦をきちんと叩けず、鍵盤の手ごたえがない感じなのだ。他の男性では重厚感たっぷりの三浦友和、女性陣ではやはり萌音・萌歌の姉妹に目を奪われる。光石研はもっとやさぐれた感じを出して欲しかった。

詳細評価

物語
配役
演出
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音楽

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