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ナチュラルウーマン (2017)

UNA MUJER FANTASTICA/A FANTASTIC WOMAN

監督
セバスティアン・レリオ
  • みたいムービー 905
  • みたログ 578

3.50 / 評価:272件

ありのままの私を生きる

  • じゃむとまるこ さん
  • 2018年3月12日 23時33分
  • 閲覧数 1749
  • 役立ち度 6
    • 総合評価
    • ★★★★★

「ナチュラルウーマン」という邦題とフライヤーの主人公の顔がとても魅力的で、どんな映画?とそそられるものがありぜひ公開日初日に観たいと思っていた映画です。
多少の予備知識はあったのですが、すぐ忘れてしまうので、LGBT映画といわれるジャンルのものらしいという程度の記憶のみ、でも鑑賞後、いやそういう範疇ではないもっと広く”自分を肯定し自分らしく生きることを求める”そんな映画であると思いました。

フライヤーには”自分らしく生きたいと願うすべての人へ贈る人生賛歌”という惹句が載せてあるのですがまさにその通りでLGBTの主人公の生き難さ、社会との軋轢などが描かれているのですが、彼女を通して見えてくるのは”すべての人が自分らしく・・・”であって、描かれているのは普遍的な喪失と再生の物語ということだと思います。

突然逝ってしまった最愛の人、トランスジェンダーであり歳が離れているということだけで病死であるにもかかわらず事件性を疑われ、侮辱され差別や偏見を浴びせられる、彼女は大したものは何も望んではいないけれど世間はそんなささやかな望みさえも許してくれない。
チリの映画です、長く独裁政権に支配され民主化の遅れた国、そう思うのですが、状況は日本とほとんど変わりがないような気もします。
いえ、どこの国でもマイノリティは生きにくいのでしょうが、法整備されようが、理屈では納得できようが、人は感情の動物だというのがよくわかるシーンも多いです。
ただ、理解者も多い、やはり時代は変わっています、そして何より自分自身が理解者であること、自分を認め肯定することが何よりも重要なのだということが描かれています。

打ちのめされ打ちひしがれる彼女マリーナ、それでも前を向いて歩こうとするマリーナに向かい風がどんどん強くなる、斜め45度に体を傾け耐えるシーン、死んだはずの恋人オルランドの幻影を呆然と見つめるマリーナ、幻想を取り入れより心象の揺れ幅を大きく感じさせる手法が面白い。

鏡が多用され、そこに写るマリーナの姿が観客に印象付けられる、男性であるが女性であるマリーナ。
サウナのシーンも同じような意味合いがあったと思う、誰もが想像したものはなかったけれど、でも彼女が現実を受け入れた重要なシーンでもあったと思う。
台詞で多くを語らない、状況で語る手法は好ましいです。

主演のダニエラ・ヴェガさんもトランスジェンダーであり、またオペラ歌手でもあるらしい。
ありのままの自分を愛し、そうさせてくれたオルランドへの愛と感謝を込めて歌うヘンデルの「オンブラ・マイ・フ」が優しさと美しさに満ちていた。

かつて、これほどまでに
愛しく、優しく
心地よい木々の陰はなかった♪

詳細評価

物語
配役
演出
映像
音楽

イメージワード

  • 勇敢
  • 切ない
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