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女は二度決断する (2017)

AUS DEM NICHTS/IN THE FADE

監督
ファティ・アキン
  • みたいムービー 216
  • みたログ 725

3.62 / 評価:537件

人生の落とし前のつけ方

  • bet***** さん
  • 2018年4月29日 11時34分
  • 閲覧数 881
  • 役立ち度 7
    • 総合評価
    • ★★★★★

カメラは主人公にひたすら寄り添う。セリフが少なく余白が多いから、テーマがより普遍的になり、私たちにも遠い欧州の話と思わせないことに成功している。これが饒舌な映画だとあれよあれよという間に終わり、置いてきぼりになることもしばしばだが、抑制のきいた編集は、監督からあなたならどうする?と問い掛けられているかのようだ。

人物描写は、カティヤと友人の弁護士だけがハリウッドっぽいが、家族も、犯人周辺の人も実にリアルだ。特に被告側の弁護士。なんだ、あの額の傷は。ドキュメンタリーのよう。なんだ、あの語尾ダンケ締めは!
なんだかわからないが、ただただドイツ人っぽい。同時に犯人の父親の思慮深さも同じくドイツ人っぽいのだ。二種類の人間、ひとつの国。表裏一体なのかもしれない。

大変な目にあったばかりのカティヤに、あなたが子どもを預けたからいけないだの、麻薬を使ったのは夫の影響だろうとか、母親たちも日頃の鬱憤をぶちまける。涙を流して抱きしめてなんてくれないのだ。唯一、一緒にいてくれる友人の幸せさえも毒になっていく。
なんと人間は孤独なんだろうか。結局、自分の人生の落とし前は自分でつけるしかないのだ。ラストを思うと、このあたりの描写の容赦のなさが思い返され、切なくなる。

ただセリフが少ない分、事件前の一家のことが点として伝わるのみだ。
移民としての苦労、白人のカティヤは結婚への後悔もあったのではないか。可愛い息子の誕生によって救われたらしい夫婦の危機、あの入れ墨や麻薬の体験は、単なるファッションか、辛さから逃れるための手段か?この辺の過去が面としてわかっていれば、さらに感情移入ができたかもしれない。

衝撃的な決断を固めさせた理由として私の結婚は間違ってなかったという意地があったのか、理不尽な裁判への反発か、犯人への怒りか、復讐を超えた人として許せないという思いの帰結か、それとも、ただただ夫と息子の側に行きたい、同じ体験をして死にたいという愛か。
美しすぎるダイアン・クルーガーの硬軟取り混ぜた表情をどう取ったらいいか、悩んだ。不謹慎ながらスタイルの良さがSFやスペクタクル映画を思わせてエンターテイメント的な見栄えに退屈しなかったため、疑問に拍車がかかった。これが六頭身の平凡なクルド人女性であったらどうだったのだろうかと考えた。

詳細評価

物語
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音楽

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  • 悲しい
  • 知的
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