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友罪 (2017)

監督
瀬々敬久
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  • みたログ 2,267

3.05 / 評価:1606件

「人殺しは死ねばいい」と切り捨てる日本に

  • dar***** さん
  • 2018年6月3日 19時06分
  • 閲覧数 3609
  • 役立ち度 43
    • 総合評価
    • ★★★★★

「被害者の感情をバカにしている」「人を殺しておいて幸せになろうなんてふざけるな」
そう罵ってこの映画を否定することは、簡単だと思います。
それは、飲酒運転を起こした父親が息子とその恋人に向ける視線と同じで、
あの父親は、日本の社会の思想の代表だと感じました。
「許せない」「幸せになってはいけない」「一生償うべきだ」
そう声高らかに叫んでいれば、自分自身は「真っ当な人間」として居られますし、
あの父親のように、息子の罪を、息子の幸せを、親である自分自身をも許さないことで、
ある意味では、被害者遺族の感情や本来自分がすべきことの本質から逃避しているのだと思いました。
その結果、謝罪した被害者遺族からは「あんたは自分のことしか見えていない」と言われていたのが、正にと思いました。

でも現実は、自分だっていつボタンがかけ間違って、加害者側に回るかもわからないし、自分の家族が加害者になるかもしれない。
そんな可能性を考えたくないから、自分は正しい側でありたいから、思考を停止して、ただ「幸せになるな」「生きるな」と叫び続けるのだと思います。

もちろん被害者遺族の当事者からしたら、少年Aや飲酒運転をした青年が幸せになることを、許すことはできないと思います。
それは、当事者であれば当たり前のことで、ただそれを私たち第三者が同じように、あたかも正義を振りかざして「許さない」と言うこととは、違うと思うのです。
「許さない」の先には、何も生まれない。
現実で言えば、罪を償って出所した人々が「許さない」と居場所を奪われ、第二第三の犠牲者を出してゆく。
眼の前の「許さない」という感情を振りかざした結果、自分たちの幸せを奪っているように思えてなりません。
そして自分が一歩「向こう側」に転落したら、同じように二度と戻ってはこられなくなる。

他にも、私生活を犠牲にしなければ全うできないような、更生保護の責任の重さ。女性が転落することの容易さと、一度「向こう側」に堕ちた後の壮絶さ。肉体労働という環境の閉塞感とそこで築かれる対人関係の稚拙さ等、余りある「見て見ぬふりをしたい日本の現状」を切り取った作品だと思いました。
そして、この映画を否定する人はきっと、「人を殺すような子どもに育てた親が悪い」「そんな男に引っかかってAVに出るような女性が悪い」「そんな仕事にしか就けないような学歴がなく努力もしない本人が悪い」と、弱者の方を責め立てることで、「でも自分は、自分の子どもは違う」と言いたいように思えます。
そして、そんな風に相手の揚げ足を取って見てみぬふりをしてきた日本の縮図が、この映画そのものだと思うのです。

もちろん、見て楽しい映画や、共感できる映画ではないと思います。
ただ、共感できないものを排除して、否定して、見て見ぬふりをしていたら、何も変わらない。
むしろ次の瞬間自分が、否定していた向こう側の人間になるかもしれない。
その恐怖とおぞましさを感じ取る想像力を持てる人が増えたら、この映画の評価や、今の日本の社会も、もっと変わるのではないかと思います。
そんな気づきを与えてくださったこの映画は素晴らしいと、私は思います。

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