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聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア (2017)

THE KILLING OF A SACRED DEER

監督
ヨルゴス・ランティモス
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3.37 / 評価:300件

解説

第70回カンヌ国際映画祭脚本賞に輝いた、『籠の中の乙女』『ロブスター』などのヨルゴス・ランティモス監督によるダークスリラー。妻子と共に幸せに暮らす外科医が、ある少年との出会いを機に思わぬ事態に追い込められる。主人公にふんするのは、ランティモス監督の『ロブスター』に出演したコリン・ファレル。その妻をオスカー女優のニコール・キッドマン、主人公一家に災いをもたらす少年を『ダンケルク』などのバリー・コーガンが演じる。

シネマトゥデイ (外部リンク)

あらすじ

心臓外科医のスティーブン(コリン・ファレル)は、美しい妻(ニコール・キッドマン)と二人の子供と一緒に郊外の豪邸に住んでいた。しかしある少年(バリー・コーガン)を家に招いたことをきっかけに、子供たちが突然歩けなくなり目から赤い血を流すなど、異変が起こり始める。スティーブンは、究極の選択を強いられることになり……。

シネマトゥデイ (外部リンク)

映画レポート

(C)2017 EP Sacred Deer Limited, Channel Four Television Corporation, New Sparta Films Limited
(C)2017 EP Sacred Deer Limited, Channel Four Television Corporation, New Sparta Films Limited

「聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア」監督の繰り出す“ユーモア”はさえざえと哀しさこそを射ぬいていく

 「今年一番の“フィール・バッド”ムーヴィー」などとインタビュー(Vulture誌17年10月)でうそぶいているコリン・ファレル。「ロブスター」に続いてヨルゴス・ランティモス監督作に主演した俳優の「いやな感じ(フィール・バッド)」という形容はギリシャが生んだヘンタイ系の鬼才にとっては何よりの賛辞といっていいだろう。

 実際、「聖なる鹿殺し」もまたどくどくと鼓動を打つ心臓のアップをつきつける幕開けから、不可解さと見る者を突き放す距離の感覚とに包んでじわじわと迷いなくいやな感じを降り積もらせる。

 もっとも、そこにある世界はむしろ曇りなく晴れわたり、どこまでも完璧に見える。主人公の心臓外科医スティーブンは美しく有能な眼科医の妻と二人の子供に恵まれて、郊外の豪邸に暮らしている。非の打ちどころのない家族とキャリア。ただなぜだかしっくりと腑におちないものが漂って、わなわなと不安な気分にさせるのだ。たとえば4人で囲む食卓の会話。その抑揚を欠いた調子。妻(ニコール・キッドマン快/怪演!)の静かな微笑みは静かすぎて不気味な感触を差し出さずにはいない。

 何より強力に不可解で、うっすらと(やがて濃密に)怪しいのがダイナーで、屋外で、はたまた病院でもスティーブンと親しげに会話を交わしている正体不明の少年マーティン(「ダンケルク」のバリー・コーガン!!)の存在だ。むしろ密会とさえいいたいような空気をかもしつつ、目撃されるふたりの関係について観客は年下の友人? 擬似的父子? まさか恋人? と堂々巡りの問を噛みしめることになる。

 噛みしめつつゆっくりと医師には何かマーティンに対する弱みがあるらしいことが見えてくる。見えてくるあたりで映画はいきなりペースをあげる。凶暴に美しい家庭に入りこむ少年の怖さを開示していく。狩猟の女神の怒りをかった父王とその生贄をめぐるギリシャ悲劇を睨んだタイトルがものをいう。過失が呼んだ復讐劇という意味では前作「ロブスター」ほど不条理な設定ではないかもしれない。が、究極の選択を迫られるひとりと、生き延びるためにジタバタする巻き添えたち、その姿を怜悧にみつめる自作を「コメディ」と称する監督の繰り出す“ユーモア”はブラックもホラーをも超えてさえざえと哀しさこそを射ぬいていく。

 人の生を醒めた眼差しで観察する鬼才が仕掛ける“いやな感じ”に深く慄きたい。(川口敦子)

映画.com(外部リンク)

2018年3月1日 更新

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