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来る (2018)

監督
中島哲也
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3.21 / 評価:2,324件

幸せの演出と不幸せの吐露の対比

  • yab***** さん
  • 2019年7月18日 0時50分
  • 閲覧数 629
  • 役立ち度 3
    • 総合評価
    • ★★★★★

夫の異常な見栄。それを幸せぶりっこと言い替えても間違いではないだろう。今はやりの言葉に置き換えれば、承認欲求の呪縛という言葉も当たらずとも遠からずであろう。

 どうやら夫は将来を嘱望された若手営業マンらしい。田舎の実家に帰れば、東京に出て成功したのはおまえだけだ、と親戚連中からちやほやされる。実家で、フイアンセに気を使っているようで、母親の顔色を常に窺う。結婚式も二次会も、自分たちほど理想的なカップルはいないと言わんばかりのパフォーマンスを披露。新婚の家庭に会社の同僚を招いては、新婚には似つかわしくないマンション暮らしをこれまた披露。
 子供が生まれてからは、ブログに3人の幸せそうな家庭を演出する。そして、妻と娘を守り抜くと軽く言い放つ。

 だが、妻はすべてを見抜いていた。心は別の方を向いていた。
「あの人は私や娘の気持ちとかそんなのどうでもいいの。ただ3人笑ってごはん食べたってブログに書きたくて・・・ その写真載せて、いいパパぶりたくって」
 この妻の言葉で、平行線を辿ることを運命づけられた、新婚夫婦のリアリズムが、一気に押し寄せてくる。

 この夫婦とオカルトライターと霊媒師のカップルの対比が、本作のポイント。
 霊媒師の女性は、「失うのが怖いから失いたくないものを創らない。恋人も友人も家族も。もちろん子供も」と言う。彼女は悲観的だが、裏表はない。オカルトライターは、幸せそうではないが、地に足はついている。このふたりもれっきとしたリアリズム。
 幸せの演出と不幸せの吐露の対比。どちらがいいとか悪いとかではない。
 ただひとつ言えることは、中島監督にとって、何かが襲ってくるというホラーの大掛かりな仕掛けは、二の次だったということだ。

 幸せは他人のためにあるのではない。あくまでも自分のためにある。それは見世物ではないし、他人と比べるものでもない。その幸せの基準が狂った時の波紋が幾重にも拡がっていく映像・・・
 そんな奇抜で悪魔的な映像に、『告白』と同じような彼の熱きメッセージが、これでもかと塗り込まれているような気がした。

詳細評価

物語
配役
演出
映像
音楽

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