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チャンブラにて (2017)

A CIAMBRA

監督
ジョナス・カルピニャーノ
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3.77 / 評価:13件

大人になる日

  • chu***** さん
  • 2019年1月27日 11時01分
  • 閲覧数 256
  • 役立ち度 2
    • 総合評価
    • ★★★★★

大人の条件とはなんだろう。
20でも早いとのたまう人もいる日本。
オレは大人だという少年。
子供はなにをもって大人になるか。

齢5歳にいくかいかないかの少年が煙草を吸い、大人の女性に対し、くわえ煙草でションベン飲ますぞ、とのたまい、10歳ぐらいの少女が、通りの売春婦のような化粧と格好をし、14、5ぐらいの息子が犯罪で金を稼いだことぐらい察しているだろうに、金を工面した息子を良い子だと撫でる母親。

舞台はイタリア
定住するロマのファミリー
主人公は貧しいファミリーの四男坊

観ていて思ったこと。
風の向くまま旅をして生きる種族を無理矢理檻に入れ、檻に入れた種族と同じように生きろと。
私は定住種族の産まれで、それに苦は全くない。だから非定住種族の心は正しく理解することはないでしょう。しかし想像するのです。出来ないことを強制される歪みを。
病んでいることに気づかぬまま病む人を。
ならば、生き方の異なる種族に対し強いる種族は、彼らが吐き出すものを受け止める義務があるのではと。

人間社会にはたくさんの境界や壁がある。
それを超えるには作法や手続きがある。
だが、それを容易に無条件で越えられるもの、それが子供だ。子供の特権だ。
子供だと一緒に遊べるのに大人だとそれは許されない。
少年が無邪気に助けを乞う抱きつく姿に、少年の側の大人たちに蔑視される男は何を思いそっと少年を抱きしめるか。もの思う眼差しを少年に注ぐか。
それを知らない子供時代のしあわせ。
知るときのほろ苦さ、心の痛み。

務所から出所した父と兄。
精一杯家計を工面した息子に労わりの言葉はない。
兄は言う。俺たちは務所でイタリア人から一目置かれる。黒人は無視される。
人種のヒエラルキーを語る兄。
弟が懐いているのは黒人。
兄はそれが気に入らない。

友人をとるか家族をとるか。
友達を裏切る心の痛みをいまだもつのは子ども故。
この間まで、幼い弟たちとじゃれあって遊んでいた。
ピオー、来いよ。兄が呼ぶ。
二股の道の反対には、子供たちが遊んでいる。そちらに惹かれるピオ。
でもピオは、大人たちがたむろする呼ばれたほうへ歩き始める。

(蛇足)
ひとつの家族に何人コジモがいるのかしらん。

詳細評価

物語
配役
演出
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音楽

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