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こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話
2018年12月28日公開

こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話

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4.0

対等な存在

障害者と健常者は、人として対等の存在。 「世話してやっている・面倒見てあげている」という態度では相手が辛いし、どちらも心が休まらない。 だから大泉洋演じる鹿野は横柄にものを言う。偉そうなのではなく、お互い遠慮のない関係を築きたいのだ。劇中でも親しい人ほど、「鹿野」と呼び捨てで呼んでいる。 健常者が偉い訳でもないし障害者が劣っている訳でもない。人としては対等なのだ。 最近は障害という言葉狩りをして「障碍者」とか「障がい者」と書くらしいが、上っ面の気遣いはケチつけられないようにという健常者側の保身であり、面倒を避けている態度だ。彼らから距離をとっていて却って差別的ではないか。 だから一見わがままに見える鹿野に、「あんた何様」と文句を言う高畑充希演じる美咲の態度は人として素直な反応だ。 鹿野に丁寧に接しながら自分の予定を遠慮して言えない美咲の恋人、田中の態度は一見優しく見えるが、対等な接し方ではない。 美咲が自然なタメ口でズンズン距離を縮めていくのに対し、田中は自分の恋人である美咲を鹿野が気に入った様子を見て、彼女に鹿野とのデートに応じるよう説得する。 それは鹿野に対しても失礼だし、美咲を自分の所有物扱いしていることも無礼だ。 本当の優しさと、偽善をはき違えている。 映画の始まりでこの問題を、「ラブコメの勘違い展開」に模して声高でなく面白く差し込んでいるのがドラマとして巧みである。 この問題は、やがて物語の後半に美咲と田中の差として現れる。 体が動かない鹿野は、24時間サポートしてもらわねば生きていけない。常に監視体制にあるので隠し事ができない。恥を含め全てを晒される。それが彼の強さでもある。 自由がないことが彼の心を自由にする。 隠し事が出来ないから、衆人環視の下で最もプライベートなことを堂々とする。 美咲も田中も本当のことを言えなかったり、嘘をついたり誤魔化して生きている。 これは世間の大半がそうだろう。みんな不自由なのだ。 すべてを晒して生きられるほど心が強くはない。 美咲も田中も、自分の心の弱さを教えられる。 鹿野は体が不自由な分、心は自由。私たちは体が自由な分、心が不自由。 障害者を救う話ではないし、障害者に救われる話でもない。 対等に影響し合う話なのだ。 人が生きるのはこっけいだ。 だから笑いも悲しみも背中合わせで共存する。 お涙頂戴の感動ポルノではない。 生きざる負えない人生を、どうまっとうするのか。 その事において健常・障害の区別はない。、強い人と弱い人がいるだけだ。 映画を観て、自由を取り返して強く生きられれば、それでいいのじゃないだろうか。

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