2018年10月6日公開

僕の帰る場所

982018年10月6日公開
僕の帰る場所
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作品情報上映スケジュールレビュー

あらすじ・解説

幼い2人の息子を抱えた母親のケインは、入国管理局に身柄を拘束された夫のアイセに代わって、必死に働きながら東京の小さなアパートで暮らしていた。日本で育ったために母国語を話せない息子たちにケインは不慣れな日本語で話しかけ、慈しみながら育てるが、兄弟は父親不在のストレスでいつもケンカばかりしており、ケインは将来に不安を抱く。

シネマトゥデイ(外部リンク)

予告編・動画

作品レビュー(9件)

切ない23.5%知的17.6%悲しい11.8%泣ける11.8%かわいい11.8%

  • wta********

    4.0

    カウンくん

    監督さんのリモートトークもききました。このご家族役のお話も聞くことができました。カウンくんは天才肌と。わたしも驚きでした。あまりにもドキュメンタリーを見ているようで。 「映画を観て、ミャンマーを知る」ほんのほんの少しだけ、この映画で知ることができたかな。

  • mai********

    4.0

    政治の犠牲者

    主人公の少年の事だけではない。 家族全員が政治の犠牲者。 軍事政権に対する民主化要求運動は当然の反発。 そのことで軍に追われるように日本に避難した家族。 家族みんながミャンマー政治の犠牲者。 民主化された社会にいられれば、日本に逃げることもなく ミャンマーで幸せに暮らせたはず。 そして、命の危険を感じるからこそ日本に逃げてきた以上 当然のように難民認定されるべき。 それが認められないというのは日本政治の犠牲者。 いつどこで日本から強制的に出て行けとなるかわからない状況下では 安心して生活はできない。 夫が仕事中に捕まって強制送還されてしまうかもしれない。 その状況下では奥様が安心できる環境での生活を求めるのは致し方がない。 そうなると今度は子供たちが政治の犠牲者になる。 日本で生まれ育ち、ミャンマー語の勉強もしていたとはいえ その言葉を使うとは思ってもみなかっただろう主人公の少年。 環境が違う。学校が違う。友達がいない。何よりここは何処? あらゆる違和感が少年に襲い掛かるのだからかわいそうだとしか言いようがない。 きっと少年は思ってただろう、僕は何人なの?って。 その問いかけに『キミは日本人だよ』と答えてあげられる社会でないといけない。そんな風に思います。

  • gte********

    4.0

    低予算なれど傑作

    それほどお金をかけずとも、こうした良作が生まれ得る。そのお手本のような作品です。フィクションですが、まるでドキュメンタリーを見ているよう。どこまでが本当なんでしょう? 特に下の子の演技(?)を見ていてそう感じました。  移民も難民も、子供は最大の被害者ですね。親の海外赴任で合法的に海外で暮らし始めたとしても問題は多々あるのに。けれど同情からは何も生まれない。システム作りは大事だな、と痛感させられるお話でした。

  • とみいじょん

    5.0

    子どもの心の動きを丁寧に描写した傑作

    ドキュメンタリーと間違えそうで、カウン君に本気でハラハラしてしまった。  ドラマティックさを煽る演出ではないし、ミャンマーでの検閲の為か説明不足な面もあり、尻切れトンボのような終わり方でもあり、鑑賞直後は、カウン君に魅せられるものの、一抹のもやもや感を抱えてしまう。  けれど、あの終わり方が、兄弟の人生はこれからなんだというメッセージにも受け取れ、後からじわじわとくる。 二つの祖国。自分はどこに根差すのか。 この映画の子ども達は特殊なケースではない。クラスに、日本以外のルーツを持つ子や、帰国子女がいるのは当たり前。とても身近な問題。 UNHCR WILL2LIVE映画祭2019にて鑑賞。映画の上映後、監督の話も伺えた。 あえて、”難民の〇〇”さんというレッテルではなく、日本で暮らす、あるミャンマー人家族の風景として撮影したそうだ。  だからか、彼らがなぜ自分を難民とみなしているのかが、伝わってこない。  申し訳ないが、親の都合に子どもが振り回されているように見えてしまう。だから余計に、子どもの心の叫びに身が引き裂かれる思いがする。 とはいえ、このように撮ってくださったからこそ、日本以外のルーツを持つ方々の子どもや、ダブルといわれる子ども・帰国子女達を思い出して、胸が痛くなってしまった。 不法入国労働者。  彼らは自分の国で稼げないから日本に来る。けれど、彼らを必要としているのは日本だったりもする。失業率が0%でないのにも関わらず、後継者・労働者不足で閉鎖せざるを得ない零細企業。労働環境を整えられない位のギリギリの経営を強いられている下請け。そんな経営者にとっては、まじめに働き続ける外国人労働者は救いの手なのだ。  不法入国労働者というと犯罪というイメージだが、それはマスコミ等の取り上げ方のせい。多くは、警察に目をつけられたら強制送還になるから、ひたすら目立たぬように地味な生活をしている。 不法以外の人々も来る。  すでに日本に定住している人を頼って、送り込まれる子ども達。日本で質の良い教育を受けさせるためだ。子が望んでくるのならいいのだが、親の意思で送りこまれる。受け入れる家族がその子のために配慮できるならいいが、『シンデレラか?』という生活を強いられている子もいる。そこまでひどくなくとも、一族の期待を背負わされて、どれだけのプレッシャーなのだろうか。  家族で来ても問題が出る。宗教や親の考え方で、給食・部活・TV番組等、友人と同じ活動ができないで、泣いている子も多い。  親の都合・考え方で、あっちこっちと国を行ったり来たり。どこにアイデンティティを持っていいのか混乱して、引きこもりとなる子もいる。  日本で叱られれば、あっちの国で暮らすからといい、あちらでうまくいかなければ、日本で暮らすからといい、努力しなくなる子もいる。   安定した生活かつ高度な教育を求め、ステップアップすることを望むことの、何が悪いのだろう。悪いのは、自国でそれが叶わないこと。   留学の最大の長所は、世界各国に友達ができること。そんな縁が平和に繋がるのだとしたら、日本人が世界に出ることを推奨する前に、今日本にいる外国籍の方々を大切にしなくちゃいけないだろうに。 言葉。コミュニケーション・意思疎通を助けるもの。文化の継承。そして、考えを深めるためのツール。早期からのバイリンガルで、思索を深める手段を失ってしまった人たちもいる。  伝えたいことと伝えたいという思いと、理解したいという努力があれば、ボディランゲージだってなんだって伝わる。母をみている長男には、母の心の動きは、全部わかっている。反対に、心配に押しつぶされて、子の心の動きを見なくなった母には自分の心配しか見えていない。 そんな一般家庭でも行われているような自然な交流がドキュメントのように紡ぎだされる。  母と長男・次男は本当の親子。そして、撮影の1か月前から父役と家族として接してもらっていたそうだ。次男以外には”演技”をしてもらったが、次男には、映画として欲しい言動が起こるようなシチュエーションを作って、次男の反応を待って撮ったという。「テッ君に悪いことをしてしまった」とおっしゃっていた監督の、彼らを見つめる優しさが、そのまま映画の雰囲気となっている。  長男を演じたカウン君。何もかも初めての中で、その時々に起きる出来事に、大きな目を見開いて、一生懸命、自分なりのやり方で対応しようとする姿が心に残る。 転校する子ども・抑うつ状態の親を持つ子ども・家族が離れ離れになってしまった子ども。日本人でもたくさんいる家族。  カウン君のような経験をする子どもが見せる表情・サインを受け取れる大人でいたいと思う。 お話を伺った時点ではDVD化はしないらしい。 だとしたら、上映しているチャンスを逃さない方がいい。 それだけの価値のある映画。

  • aka********

    3.0

    ネタバレ良い部分と悪い部分

    このレビューにはネタバレが含まれています。

スタッフ・キャスト

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基本情報


タイトル
僕の帰る場所

上映時間

製作国
日本/ミャンマー

製作年度

公開日

ジャンル