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えいがのおそ松さん (2019)

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3.90 / 評価:1,236件

これはある意味ラブストーリーだ

  • net***** さん
  • 2019年3月17日 11時20分
  • 閲覧数 18527
  • 役立ち度 257
    • 総合評価
    • ★★★★★

まず前提として、筆者は一期一話、お蔵入りになった回から二期を経た現在までずっとおそ松さんを追い続けている者だ。

おそ松さんの魅力は、かわいらしい絵やアバンギャルドな美術に色彩、時にナンセンスさもあるようなギャグ、耳に残る台詞や劇伴、キャラクターのナマ感など挙げれば様々ある。限られた時間の中、細やかなところまでスタッフが力を出し切ろうとしている意気込みが、あの脱力感さえあるような画面にはあるのだ。それを感じさせないように計算されているから恐ろしい。おそ松さんは緻密に計算しれたコント番組なのだ。今残っているファンは、そうした部分に惹かれた者も多いのではないだろうか。

計算に計算を重ねた結果、おそ松さんはある意味「観客を振り落とす」番組となった。製作陣が面白いと感じるものを全力で作る、そこにあまり観客という視点は関わっていない。
例えば二期十七話で放映された「旅館」というエピソードを見たファンは、笑うというよりは怖がるという反応を見せた人が多かった。ラジオでの発言によると、スタッフ間でもこの話に対する反応が分かれたという。
おそ松さんは、ファンにどうウケるかはあまり考慮されていないのだ。ファンはただ、製作陣がおもしろいと突き進んだ結果を楽しんでいる。言わば片思いのような状況だった。

実はこれが今回の映画と重なる。映画のキーパーソンとなる「高橋さん」というのは、六つ子の同級生だった存在だ。彼女は一人っ子で、さらに劇中の描写から推測するに体も弱い。六つ子のようにバカをやる体力もなければ、仲間もいなかったという様子だ。
そんな彼女はこのバカをやる六つ子が大好きなのだ。彼女は六つ子を見ているだけで元気を貰える、大笑い出来るのだ。
そんな彼女に最も近い立ち位置、彼女が代弁しているものは何かと言うと、六つ子をずっと見てきた「ファン」なのである。ファンはこれまで六つ子のバカをやる姿を追いかけ、見て、それに笑い元気を貰ってきた。高橋さんは一登場人物であると同時に、おそ松さんを愛するすべての人々だったのだ。

彼女が望んだのは「六つ子の思い出の中に自分も入れてほしい」ということ。六つ子はこれを受け入れ、物語のクライマックスで彼女とともに写真を撮る。そして何事もなかったように日常へ戻っていく。
日常に戻った六つ子の中の「高橋さん」の存在は大きくない。むしろ名前を忘れてしまっているくらいだ。しかし、彼らの思い出の中には確かに残った。
つまり、六つ子の中にファンという存在が残ったということになる。

六つ子もまた、ラストである存在の代弁者となる。それが、今まで散々こちらを振り向かず、片思いを続けていた「製作陣」なのだ。物語のラスト、どこかへ向かう高橋さんを誰かが呼び止める。それが六つ子なのだ。六つ子はこのとき、高橋さんに「ありがとう」を伝える。

ファンの気持ちは確かに製作陣に届いていた。おそ松さんの製作陣は意地っ張りというか素直じゃないというか、感動する話を作ったら照れて誤魔化そうとする奴らだし、二期一話ではファンを散々いじり倒しもした。それでも彼らに惚れ込んだファンは今の今までずっと彼らを追いかけてきたのだ。それに対し、ついに製作陣が振り返り、こんなに素晴らしい物語や映像、演技をつけて我々に返事をしてくれたのだ。この映画は、盛大な製作陣とファンのラブストーリーだったのである。

もちろん、おそ松さんの新規層や一期で視聴をやめてしまった層も今回の映画は楽しめると思う。王道の流れを汲み取ったギャグもあれば、多少のエログロナンセンスも含んでいるし、元ネタを知っていれば笑ってしまうようなパロディもある。思春期特有の繊細さを含んだキャラクターの掘り下げや、それを包み込むようなコミカルさもある。

ただ、筆者は是非ともこの映画を今まで追いかけてきたファンに見てほしい。そうは言っても追いかけてきたファンはおそらくほとんどの人が見る、もしくは見ているだろうからただただ「良かった」ことを共有したいと願う。

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