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アストラル・アブノーマル鈴木さん
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アストラル・アブノーマル鈴木さん

872019年1月5日公開

mam********

3.0

製作工程こそ新しいが?

地方在住の自称YouTuberが、テレビからの取材依頼に舞い上がる。そして、そもそも製作サイドも、YouTube向けであったはずの作品(連続17話)を、既存メディアでブレイクしようとしている女優さんを主役に据えて作り、一般映画として劇場公開したいと考えた(もしくは最初から決まっていた?狙っていた?)。 既存メディアの衰退と、自己発信ツールの発展が言われ始めてから久しいが、ということは、この映画は、YouTubeは、結局、既存メディアのアンチテーゼとしては機能しておらず、誰かの承認欲求を完全に満たす場にもなれていなくて、YouTuberたちは「大手マスメディアは嘘ばかり、古い!」と振る舞いながらも、実は、地上波テレビや劇場公開映画に強烈なコンプレックスを持っている、と謳う内容にもとれるが、あれ、それで良いのかな?とふと思った。 もちろん、この主人公がすべての「YouTuber」を象徴したキャラクターであるとこの映画が言っているわけではないけれど、延々と続く男二人のダメダメな取っ組み合いがあって、それは今のYouTuberが流す動画のレベルを皮肉っているようにも見えたし、主人公が「引退宣言」をしてもまったく人が集まらないというYouTuberを揶揄したような場面もある。でも最近、実際の人気YouTuberは、現実のライブもでかなりのお客さんを集めたりするらしいです。 だからこの作品の作り手は、結局、既存メディアサイドの人たちで、「やっぱり映画が一番!」「YouTuberなんて幻想」と、上から目線とまではいわないが、どこか斜め上から新興メディアを見ているように思えてしまった。 映画製作の工程こそ新しいが、内容はどこか古い観念に縛られていないだろうか? 余計な勘繰りが過ぎる?  ただ、YouTubeが公式にこのドラマを配信していたわけだから、そこは確信犯としてのブラックユーモアで、何か一周回った既存マスメディア批判、風刺が込められていて、それを自分が理解できなかっただけかもしれない。 地方で燻っている若者を題材にした映画や小説は最近本当に多くて、今の日本の現実の一端であることを考えさせられる。いろんな「自己発信」が容易な現在においては、そのことが逆に、「なんとかして自分が何者かを表現しなくては!」、と精神的に追い込まれる人間を増やしているのではないか、ということにも気づかされた。 拗れた人間どうしのせめぎあいを、ユーモアを交えた会話、独特の間で見せていく様は楽しい。松本穂香の一人二役は好演だが、二人同時に画面に存在するときの撮影手法は、低予算ゆえの遊びがもっとあって良かったのではないかと思った。

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