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ウトヤ島、7月22日 (2018)

UTOYA 22. JULI/UTOYA: JULY 22

監督
エリック・ポッペ
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  • みたログ 470

2.92 / 評価:366件

合理性に欠ける行動の連続

  • yuz******** さん
  • 2020年7月6日 20時18分
  • 閲覧数 810
  • 役立ち度 0
    • 総合評価
    • ★★★★★

本当に生存者の証言を反映させた映画なのだろうか?
「こういう展開にしたい」というご都合(実際にはしていない行動)だらけなのではないのか?

この映画の一番の謎。
こういう状況になった場合、
「殺人鬼が今どこにいるのか」
を把握しようとするのが生存への一番合理的思考&行動。
パニック状態を差し引いてもこれがまず最初に来るはず。
なのに、
そういう描写ややり取りがない!
ただ逃げる人物が横切る描写ばかり。
「あっちの方にいるぞー!」とかの情報共有があってもいいはずなのに。
いくらなんでも「全く位置が把握できない」というのはあり得ない。
あれだけ一定の(高頻度の)間隔で大きな銃撃音させてて、被害者の叫び声とかもあるなら「だいたい何時の方向」くらいは分かるだろう。


ギリギリで逃げて来た血まみれの男が主人公グループに合流するシーンがあるが、殺人鬼を見た後であそこで一息つくだろうか?「隠れている」という状態に程遠いあの場所で。(あのシーン、同じ方向に逃げていく人が連続する)
普通はさらに遠くへ行く、もしくは「あっちで見たからここはまずい」と言ったり等とにかく距離的な問題で生存ルートを目指すのが合理的。
(あの場合「隠れる」よりは「動き続ける」の方が生存率上がる。これは結果論ですが)


主人公に至っては「わざとやっているのか」というレベルで殺人鬼の位置を知ろうとしていない。
撃たれた女の手当をしたり会話したりするくだりも、まずは殺人鬼とどこで遭遇して撃たれた等(どっちに行ったかなど)を確認するべきではないのか。
自分の命を優先していない行動が過ぎるのではないか。


テントエリアで少年に必要以上の熱意を注ぐのも謎。
殺人鬼の位置を把握しようともしていないくせに、
テントエリアが危険と断言して移動させる自信はどこから来たのか。テントエリアに来ないかもしれなかったのに。


一連の主人公の合理性に欠ける行為、他の人にやたらと関わる行為。
これらは全て創作なのではないか?
現実を元にした映画としてはちょっとまずいんじゃないか?

映画として「こんな話にしたい」というのが先行しすぎたのではないか?
似非povやワンカットとか別に誰も求めていないんですけどね。
リアリティを優先して欲しかった。

詳細評価

物語
配役
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