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COLD WAR あの歌、2つの心
2019年6月28日公開

COLD WAR あの歌、2つの心

ZIMNA WOJNA/COLD WAR

882019年6月28日公開

アニカ・ナットクラッカー

4.0

冷戦下、共産圏の音楽芸術について

今回取り上げるのは、昨年6月に公開された2018年の白黒映画『COLD WARあの歌、2つの心』。ポーランド映画の作品レビューを書き込むのは「カティンの森」「残像」「イレブン・ミニッツ」に続いて4作目だ。ポーランド映画といえば僕にとってはアンジェイ・ワイダ監督のイメージが強いが、本作のように若い才能も羽ばたいているようで羨ましい。 19年のキネマ旬報ベストテンでは外国映画の7位に選ばれている。タイトルの『COLD WAR』は1989年に終わった冷戦を指すが、言葉の意味を知らない若い人も多いのだろう。冷戦終結後の世界が良くなったかというと、現在の国際社会はさらに複雑な対立構造があり、世界大戦こそ起きないが紛争が絶えることがない。状況は当時よりも混迷を増した感がある。 世界が東西陣営に分かれて対立していた時代は、緊張をはらみながら一定の秩序を保っていた。現在の目から当時を回想して、そのような感慨を持つ人は少なくないだろう。本作が国際的に高い評価を受けたのは、現在の効率重視の世知辛いグローバル化に疲れを感じ、冷戦時代にある種のノスタルジーを感じる層が一定数いることを示している。 2018年のカンヌ国際映画祭ではパヴェウ・パブリコフスキが監督賞を受賞し、パルムドールにノミネートされた(受賞したのは「万引き家族」)。2019年のアカデミー賞では外国語映画賞(受賞したのは「ROMA/ローマ」)・監督賞・撮影賞の3部門にノミネートされている。白黒の映像がとても美しいので、撮影賞のノミネートには納得である。 エンドロールを除く本編部分が1時間20分くらいのコンパクトな映画だが、時代背景は1949年から1965年までの約15年という長きに渡り、舞台となる場所はポーランド、ベルリン、パリ、ユーゴスラビア(海が見えるので、現在のクロアチアに当たるのか)の4か所である。この中では主役カップルの出身地であるポーランドと、亡命後の拠点となるパリの場面が多い。 ポーランドの民族音楽と舞踊がふんだんに登場し、白黒映画ながら視覚・聴覚に贅沢な刺激を受ける映画である。映画の顔となるのが「2つの心、4つの瞳」と題されたテーマ曲で、最初は民族衣装を着た女性の合唱隊が朗々と歌い上げ、中盤では主人公のズーラ(ヨアンナ・クーリク)がジャズのアレンジで気だるく歌う。この歌い分けが本作のテーマを象徴しているようだ。 この歌は区切の部分に「オヨヨ~」という合いの手(?)が入り、失礼ながら80年代に放映されたギャグアニメ「オヨネコぶーにゃん」の主役ネコ・オヨヨを思い出しておかしくなった。さらにエンディングの「♪何かくれ、腹減った、優しい声よりイモがいい・・・」という歌詞まで思い出し、僕の中で冷戦下の恋愛映画と日本のギャグアニメが混同して困ってしまった。 なぜこんな歌詞を思い出したかというと、ポーランド映画「残像」で体制に逆らったために徹底した弾圧を受け、しまいに野垂れ死にに等しい死を迎える画家の心境が、あんがいこの歌詞に近かったのではないかと思えるからだ。本作でも体制の意向に逆らえず、歌でソ連のスターリンを讃える場面が登場するが、意外にクオリティが高くて驚いた。 冷戦を象徴する事物といえば、1989年に崩壊したベルリンの壁であろう。本作では合唱団がポーランドを出国し、東ベルリンで公演を行う場面がある。音楽家ビクトル(トマシュ・コット)は、ズーラから自分が当局から監視されていると聞いて亡命を決意し、東ベルリンで難なく亡命に成功するが、50年代の初頭にはベルリンの壁はなかったのだ。 ビクトルはパリを拠点にして音楽活動を続け、ピアニストとしてかなりの成功を収めるが、時代が進むごとに自分はポーランド人であるという意識を強く持ち、望郷の念が強くなっていく。ジャズに合わせて弾いていたピアノが全く別ジャンルの曲を奏でて、伴奏者が演奏を止めてしまう場面が象徴的だ。このあたりの心情は、当人でなければ分からない要素もあるに違いない。 イタリア人と結婚したズーラは合法的に西側世界の住人となり、ビクトルと再会を果たす。パリで歌手としてデビューし、スラブ系の魅力をアピールするが、僕にとってスラブとはどういうイメージなのだろうと考えた。中学の授業でシューマンの「流浪の民」やサラサーテの「ツィゴイネルワイゼン」を聴いたのが、音楽でスラブを意識した最初の経験だった気がする。 3年前には画家ミュシャの展覧会を見に行き、大作「スラブ叙事詩」に圧倒されたのを思い出す。冒頭のシーンでポーランドの田舎に赴いたビクトルが、地方に伝わる音楽を熱心に収集する場面で、ミュシャが「スラブ叙事詩」のモチーフを探す心情と重ね合わせた。『COLD WAR』という息苦しい題名とは裏腹に、芸術を追求する自由な創造力を感じさせる映画であった。

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