ここから本文です

この国の民主主義は、形だけでいい

  • 映画生活25年 さん
  • 2019年7月3日 7時05分
  • 閲覧数 3648
  • 役立ち度 80
    • 総合評価
    • ★★★★★

今の日本では数少ない真のジャーナリスト・東京新聞の望月衣塑子記者の著書を元にしたフィクション。
もちろん中身はほぼノンフィクションであり、現政権、そしてその権力の方を向くこと以外は許されない官僚、その権力の圧力に屈するしかない報道機関の姿を描いている。

多くの人々は知っているはずだが、この国の政権、特に今の首相と仲良くしていれば土地を安く買えるし、学校も優先的に作れるし、都合の悪い公文書を隠したり改ざんすれば出世できるし、女性を犯して逮捕状が出ても執行直前に取り消してもらえる。
本来ならばジャーナリズムが機能してこの薄汚い政権は倒されて然るべきだが、残念ながら大新聞のほとんどは権力の圧力に屈し、それどころか手先になって反逆する者を潰す。

ジャーナリストとは権力を監視し、主権者である国民が正しい判断ができるよう真実を公正に伝えることがその使命なのだろうが、真のジャーナリストと呼べる人は数少ないのが現実。
その結果、野党がだらしないという現実もあるが、政権は安泰。
これがこの国の民主主義である。

この薄汚れた政権を批判したこの製作姿勢には、アベトモの方々は怒り心頭だろう(見ないで酷評しそう)が、最大級の敬意を表したい。

政治的な姿勢も素晴らしいが、映画としての出来も最上級である。
ただの政権批判の荒唐無稽な作品ではなく、脚本・演出・演技ともに映画ファンにはたまらない見応え満載の作品である。

それぞれの立場の者が吐くセリフには重みがあり、時に心に響き、時に心に刺さる。
内閣情報調査室のシーンは色彩が違う。
わかりやすい演出だが、皆が言葉の裏を読み合う場所、息が詰まりそうで実に効果的だった。
このシーンでの主役は杉原(松坂桃李)ではなく上司・多田(田中哲司)であり、その言葉は重く、凄みのある演技には鳥肌が立つ思いだった。

記者・吉岡(シム・ウンギョン)はアメリカ育ち、母は韓国人という設定で、日本語セリフに少々拙さが出てしまうところはあるが、それ以上に表情で見せてくれた。
自殺した官僚の葬儀のシーン。
マスコミの容赦のない取材攻勢が娘にまで向けられる。
「あの少女は、私なんだ」
というベタなセリフはない。
だがその声が聞こえてくるような印象的なシーンだった。

また印象的だったのは杉原とその妻(本田翼)のシーン。
出産を控えた妻に「楽しみだね」と声をかける。
こうして文字にして見ると微笑ましいシーンに思えるが実は微妙なところで、まるで他人事のような言い方なのである。
決して杉原が冷たい人間であるわけではない。
ただ仕事が忙しく過酷なもので、タイミングによっては気持ちの余裕を保てない。
妻もそれを察し言葉を合わせる。
本筋とは無関係な短いシーンだが、セリフ以上に伝わるものがある。

アクシデントはあるが無事出産、初めてその子を抱いた杉原に笑顔はなく、涙を流し「ごめん」と呟く。
その「ごめん」の意味とは何か。
ここでは述べないが、こういう意味なのだろうとある解釈をした。
しかしそれは後に覆り、愕然とした。
これがこの作品が伝える恐ろしさなのだろう。

家庭を持つこと、家族が増えること。
それは素晴らしいことだが、同時に責任も増す。
そして官僚に限った話ではないが、それは人質が増えることでもある。
権力構造はそれを巧みに利用する。

この国の民主主義は、形だけでいい。

多田が吐くセリフである。
だがその通り、現実はそうなっている。
矜持を捨てて権力にすり寄るマスコミ(靴を舐めてるマスコミもある)のおかげだろう。
こんな今の日本でこのような作品が作られることに胸が熱くなる。
日本映画界もまだ捨てたもんじゃない。

注目したいのはこの作品がしっかり評価されるかどうか。
この脚本・演出・演技(特に松坂桃李が凄かったが田中哲司も)がしっかり評価されるかで、映画界の矜持が試される。
昨今の日本の映画賞は芸能事務所や映画会社への忖度、大御所俳優への功労的ノミネートが目立つが、本作が評価されなければそんな映画賞は信用するべきではないだろう。
矜持を捨てた忖度映画賞だと思っていい。

藤井道人監督は前作「デイアンドナイト」も★5つ、作風は全く違うがドラマ「向かいのバズる家族」も最高に面白かった。
今後も見逃せない監督である。
特にラストショットが秀逸。
どんな想いを飲み込み、どんな言葉を呟くか。
そしてどんな想いに駆られ、どんな言葉を吐き出すか。
これは私たちの物語でもある。
参院選前に多くの人々に見てほしい作品、個人的には今年ベスト1候補の傑作である。

詳細評価

物語
配役
演出
映像
音楽

イメージワード

  • 未登録
このレビューは役に立ちましたか?
利用規約に違反している投稿を見つけたら、次のボタンから報告できます。 違反報告
本文はここま>
でです このページの先頭へ