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蜜蜂と遠雷 (2019)

監督
石川慶
  • みたいムービー 667
  • みたログ 2,810

3.47 / 評価:2252件

なんとなく過ぎる部分ばかり

  • ぱきら さん
  • 2021年10月4日 16時18分
  • 役立ち度 0
    • 総合評価
    • ★★★★★

いつ面白くなるのかと耐えながら観て最後まで面白くならないタイプの映画。
何となくこんな感じ?みたいな雰囲気だけで映画を撮ってしまいました、という結果に思えます。
やたら出てくる英語も、やたら恥ずかしいです。

キャスティングも、個々の役者さんがどうこうではなく、配役といった部分が悪い気がします。なので個々の熱演も、映画全体としてはちぐはぐなものになってしまうような印象でした。

松坂桃李が生活者であり音楽家であろうとしている人物、には見えないではないですか。家庭を持ち市井の人物として地方の更にのどかな集落に住み書店に勤め、尚且つそれを音楽にも説得力を持った演奏としてフィードバックしている人物の佇まいには見えませんでした。それは彼の演技のせいだけとは思えません。
彼に限らず他の人の演技も噛み合っているようには見えませんでした。どの役者さんにも正直特に好きも嫌いもないですし、作品としてフラットに観たいとは思っていますが。
斉藤由貴も、(元)ブルゾンちえみというひとも、英語をしゃべるたびにやめてー恥ずかしいーわざとらしいーという気持ちにさせられます。
さらに外国のかたを日本映画に出した時に往々にしてあることですが、出すほうが大した考えも意図もなくただそこに外国のかたを配置しておけばいいというようなテイストで出すものだからすごく軽々しく安っぽい雰囲気になりますが、ここでもそれが再現されています。
個々の演者のかたの責任というより、すべて演出や脚本がかみ合ってないせいも大きいと思っています。

とにかく撮影環境や演出が良かったらこうならない気がするのです。
撮影というかカメラや色彩や構図はところどころ目につくほどにきれいですが、そこも雰囲気だけでそうしているというか。目につくのはいい意味でなく浮いているからで、作品としての相乗効果になっていないように見えてしまいました。
要は演出というか監督というか、個人の問題だけではないのでしょうが統括するものが全然まとまれていないのです。
映画を取り巻く状況の悪さが結果になっているのではないでしょうか。

原作は未読なのですが、音楽を題材にしながら音のない小説という形にされた作品を実写にしたときに、原作の内容もよくかみ砕いて、音楽を映像にするとはどういうことか、も考えないといけなかったのでしょうが一切それがない印象です。

原作も役者さんもスタッフも誰も得していない原因はどこにあるのか、どうしてこうなってしまうのかを根本から考えないといけないでしょうが、多分そんな余裕のある状況ではないのでしょう。日本も日本映画界も。
日本国内だけでなく世界的パンデミック以前のこの映画でこうなので、何か余程の考え方の変換をしないと、今後さらによくならない気がします。世界的パンデミックで変わったはずの価値観をきちんと感じてそのうえでどうしていくかを考えれば悲観するだけでもないやり方もある気がしているのですが、そうならない気がしてしまって勝手に悲観してしまいます。

詳細評価

物語
配役
演出
映像
音楽

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