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ひとよ (2019)

監督
白石和彌
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3.86 / 評価:1132件

シリアスな話だがユーモアもある快作

今回取り上げるのは昨年11月に公開された『ひとよ』。白石和彌監督の作品レビューを書き込むのは「凶悪」「彼女がその名を知らない鳥たち」「孤狼の血」に続いて4作目だ。2019年のキネマ旬報ベストテンでは日本映画の7位に選ばれている。このタイトルは、稲村一家の運命を変えた事件が起こる「一夜」のほかに「人よ」と呼びかける意味もあるのだろう。
「一夜」には稲村一家とは別の人物にとって特別な夜も含まれているが、この詳細を述べるとネタバレになってしまう。佐々木蔵之介が演じるタクシー運転手が、真面目な好人物だけのはずがないと思っていた、ということだけ書いておこう。テンポのよい語り口に乗せられて、しんどい話なのにワクワクしながら観通すことができたので、私的評価は★5つだ。

田中裕子が子供たちを守るために暴力夫を殺害するというストーリーは、「共喰い」と同じ。「共喰い」は映画の最後にそれが起こるが、本作では冒頭に起こるので「共喰い」の続編的な感覚で楽しんだ。田中裕子にはアウトロー的な魅力があり、映画を引き締めると同時に笑いも提供してくれる。さすが高倉健の奥さん役を務めただけのことはあると納得してしまう。
佐藤健と鈴木亮平が兄弟を演じるのはTBSの「天皇の料理番」と同じ。佐藤は田中演じる母親を煙たがり反発する役だが、アウトロー的な雰囲気は母親譲りであり、二人の会話シーンでは奇妙な連帯感さえ感じさせる。佐藤の仕事は雑誌のルポライターであり、「天気の子」の須賀や「町田くんの世界」の池松壮亮と、この職業の人がメインキャラとなる映画が増えている。

舞台となるのは茨城県大洗町で、「ビジランテ」のように地方都市の閉塞感が描かれるのかと思っていると、必ずしもそうではない。この町は北海道の苫小牧との間にフェリーが運航しており、船便を利用する客によって「稲丸タクシー」の経営が成り立っているのだ。そしてこの船便は麻薬の輸送という犯罪に使われ、映画のストーリーに大きくからんでくるというわけだ。
夫を殺したこはる(田中)からタクシー会社を引き継いだのは、こはるの甥である丸井(音尾琢真)で、絵に描いたような好人物である。稲村と丸井の頭文字を組み合わせて「稲丸」としたところが、丸井氏がこはるとの縁を断ち切っていないことを示している。ここで働く従業員たち(筒井真理子・浅利陽介・韓英恵)も、いずれも気持ちのいい人物が揃っているのが嬉しい。

特にカッコいいのは韓英恵演じる運転手・牛久さん(通称モー)で、東京に離れていった雄二(佐藤)の幼なじみである。彼女は雄二に惹かれており、稲村タクシーが苦境にあるときに自らタクシー運転手を志願した。非常に魅力的な女性で、観ていてこんな性格の人になりたいと憧れを感じるほどだ。映画ではストーリーの節目を目撃する重要な役として登場する。
稲丸タクシーは不幸な事件以来、たびたび嫌がらせの被害に遭っているが、社長以下従業員は慣れっこになっており、多少のことでへこたれる人たちではない。西部劇によく出てくる、牧場主の嫌がらせを受けながら屈しない開拓者一家を彷彿させる。こはるや雄二は放浪のガンマンで、妹の園子(松岡茉優)は気のいい酒場女、佐々木は正体不明の流れ者といったところか。

もっとも感情移入できない人物は、長男・大樹(鈴木)の妻・二三子(MEGUMI)かと思っていたが、そうではなかった。冒頭ですでに夫婦仲は冷え切っており、離婚は秒読みの状態である。てっきり吃音で気の弱い大樹に愛想をつかしたと思っていると、実は家族の再生を誰よりも願っていたのが二三子であり、きちんと話せば分かり合える余地が残っていたのだ。
僕が感じた本作の難点をあえて探してみると、稲村一家の再生の物語(単純にいえば雄二とこはるの和解)に、佐々木蔵之介の問題がからんでくるクライマックスの展開が、強引すぎやしないかという事だ。こはるは助かるものの、自暴自棄に陥った佐々木の問題は解決しない。せめてヤバい仕事を強要するヤクザがそれなりの報いを受ける場面を観たかった。

ユーモアのある場面を挙げてみると、回想シーンで中学時代の雄二がコンビニから万引きするのがグラビア雑誌の「デラべっぴん」で、現代パートで出所したこはるが同じコンビニから万引きするのが、「デラべっぴん」の復刻版なのである。この雑誌には根強いファンが存在するのか。各々の万引き犯を捕まえる店主が同一人物(斎藤洋介)であるのも地味に笑える。
最後に最も痛快な場面は、15年ぶりに戻ってきたこはるを稲丸タクシーの面々が大歓迎し、駐車場で出所祝いのバーベキューを開いてしまうシーンだ。みんなこはるの行動がやむを得なかったと知っており、彼女を憎んでいなかったのだ。逆にこはるに殺された旦那を惜しむ者は全くいない。生前はいったいどんな人物だったのかと、ちょっと哀れみさえ感じてしまった。

詳細評価

物語
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