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THE UPSIDE/最強のふたり (2017)

THE UPSIDE

監督
ニール・バーガー
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3.63 / 評価:169件

より現実的な結末だが説得力に欠ける印象

  • dr.hawk さん
  • 2019年12月25日 19時48分
  • 閲覧数 1328
  • 役立ち度 3
    • 総合評価
    • ★★★★★

2019.12.24 字幕 イオンシネマ京都桂川


2017年のアメリカ映画
フランス映画『最強のふたり(2011年、エリック・トレダノ&オリヴィエ・ナカシュ監督作)』のリメイク作品
四肢不随の富豪と介護人の交流を描いたヒューマンドラマ
監督はニール・バーガー
脚本はジョン・ハートメア


物語は夜のニューヨークを一台の高級車が爆走しているところから紡がれる

運転しているのはデル・スコット(ケヴィン・ハート)、助手席に乗るフィリップ・ラカッセ(ブライアン・クライストン)の介護人である

フィリップはパラグライダーの事故によって四肢不随を患っている富豪

その訳ありの深夜の爆走は程なく警察官に止められてしまう

「急病人を運んでいる」と嘯くデル

フィリップは仕方なく痙攣発作のフリをした


そして物語は半年前のふたりの出会いへと戻っていく


フィリップには秘書のイヴォンヌ(ニコール・キッドマン)がいて、彼の仕事のサポートをしていた

介護人は幾度となく変更になり、現在は不在の為募集を掛けている

それに応募してきたのが「仮釈放の求職票にサインを求めていたデル」だった

銃の不法所持で服役していたデルには別れた妻ラトリス(アジャ・ナオミ・キング)がいて、彼女との間に一人息子のアンソニー(ジャヒ・ディアロ・ウィンストン)がいる

妻から「仕事を探して養育費を入れて」と突き放されるデルは、求職票にサインを貰って保護を受けようとするものの「彼を受け入れてくれる仕事」を探していた

デルの応募に嫌悪感を見せるイヴォンヌとは対称的に彼を気に入ったフィリップは雇うことに決めた


物語のベースはフランス版とほぼ同じ

大きな改変点は、

フランス版のマガリーとイヴォンヌの役割を合体させたアメリカ版イヴォンヌの存在が大きくなっていること

フィリップに娘がいない

デルの悩みの種は弟ではなく息子

デルの解雇の理由が違う

である


前作を鑑賞しているとわかるのだが、ほとんど「別物」に近い仕上がりとなっている

ベースとしての「要介護者と介護人の人種を超えた友情」は変わらないものの、「役割の継承」を文通相手のエレノアから秘書のイヴォンヌへと変えている

言うなれば、フランス版の理想的なエンディングに対して「より現実的な結末」を用意したのである

本作の文通相手であるリリー(ジュリアナ・マーグリーズ)は「想像以上と言い、フィリップに本音をぶつけること」によって関係は破綻し、それを起因として「デルの解雇」が行われる

だがデル以外を受け入れないフィリップ

イヴォンヌも(何故か)去り、彼を心配する理学療法士のマギー(ゴルシフテ・ファラハン)のはデルを呼び寄せる

デルはフィリップに障害の起点であるパラグライダーをさせて、そして「彼の元を去ったイヴォンヌを再び彼の元へと返す」という役割を演じている

一応は「役割の継承」ではあるものの、「これはデル(ドリス)の一生の仕事じゃない」というフィリップの彼を想う気持ちが本作では描かれないので、デルがフィリップの元を去る理由が弱すぎるのである


イヴォンヌの存在が大きく、フィリップを信奉する愛が描かれるのだが、彼女が直接介護を行うという場面はない

介護人不在の場合はマギーや料理人のシャーロット(スザンヌ・サボイ)が代わりを務めていた

このイヴォンヌが直接介護に関わらないという描写がありながら、最終的に彼女に託すという結末が唐突で、一応の「役割の継承」を果たしてはいるものの「実際にできるかどうか問題」はリリーと大して違わないのである


フランス版は理想、アメリカ版はやや現実的というアプローチであるものの、映画として描かれる物語としては「好み」によって評価は別れるだろう

私としては前作の「理想エンド」が好きで、「バディが最後にお互いにないものを与え合う」という帰結にとても感動した

ゆえにアプローチが異なるとは言えども、どうしても評価が辛くなってしまうのはやむを得ないのかも知れない


いずれにせよ、重度要介護の切実さを描いている訳ではなく、あくまでも「介護人と要介護者の友情を描いたバディ映画」である本作は、ある程度「理想的なファンタジー」があっても構わないと思う

現実的な問題と愛を秤に掛けて、それはあり得ないとする本作には救いがなく、イヴォンヌにその役をやらせるために敢えて受難(理想の破綻)を描くという方法論はあまり関心しないというのが本音である

イヴォンヌがフィリップのためにすべてを投げ出したても構わないという愛を持っていることはデルにもわかる

ゆえに「役割の継承」をイヴォンヌに施すのであれば、「理想の破綻」を描くのではなく、「理想を超える現実的な愛」を示す必要があるのではないだろうか

本作には「イヴォンヌがフィリップに寄り添う」ための説得力が欠けているように思うのは私だけだろうか

詳細評価

物語
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音楽

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