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ピータールー マンチェスターの悲劇 (2018)

PETERLOO

監督
マイク・リー
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  • みたログ 90

3.33 / 評価:69件

虐殺事件200周年を記念して(長いです)

  • whrmds さん
  • 2019年10月24日 16時02分
  • 閲覧数 228
  • 役立ち度 2
    • 総合評価
    • ★★★★★

この作品は近代イギリス史に関するリテラシーがある程度ないと、細部が分からないので、楽しめなかった人は低評価かと。1819年のマンチェスターの悲劇から200周年を記念して世に問われた点を補い、作品を語ります。長文失礼。
 この映画は、史実に則しながらしっかり盛り上げるパートも用意されていて、とても良くできています。歴史考証も堅実に行われています。マンチェスターの民衆史博物館には、ピータール-虐殺事件の常設展示があります。市内の名所の一つ、壮麗なマンチェスター大学ジョン・レイノルズ図書館でも、事件200周年の大規模な回顧展が開かれました。それらの展示は歴史学者が明らかにした事件の概要を伝えていますが、映画の内容もそれを外しません。貧民の味方を気取りつつ実際には富裕な地主で、郷士(エスクワイヤ)の称号も持つ演説家ヘンリー・ハントの多面性。民衆を忌み嫌って敵視し、ありもしない武装反乱の危機を言い立てて弾圧に踏み切った「地域の顔役」こと治安判事達の卑劣。事件後、事実を歪曲して治安判事を誉め称え、彼らに褒美を与える王太子摂政の欺瞞。いずれも史実です。映画では、事件の後日談は王太子摂政の台詞で表現され、印象が薄いです。ジョン・レイノルズ図書館の企画展は、そこをはっきりと「この虐殺の責任を負うべき者は、誰も処罰を受けなかった。それどころか、政府は褒美を与えたのだ。」と悲憤を隠しません。その展示で虐殺に至る転換点として重視され、映画でも印象的な場面があります。治安官(コンスタブル)の配下が民衆の間に割って入り、列を作るシーンです。治安判事の命令で、ハントが演説する演壇まで、治安官が逮捕状を運ぶ通路を暴力的に作ったわけです。展示からイメージされるとおりの描写で、ここまで再現するのかと監督の誠実さに胸を打たれました。また、この映画には三種類の兵士が出てきますが、その描写も史実通りです。ライトブルーの制服でおっさんばかりの騎兵は、字幕で「義勇兵」という訳が与えられています。こちらは「マンチェスターおよびサルフォードのヨーマンリー」という部隊です。地元のそこそこの資産家層から募兵されたパートタイムの治安維持部隊で、加入する際に高価な武装や制服、乗馬を自腹で用意します。映画では、おっさん達が鍛冶屋の親方に横柄に振る舞う場面がありますが、鍛冶屋は彼らが使うサーベルを作っていたのです。このおっさん達は全員、民衆を蔑視し、その貧窮を自己責任論で痛罵して溜飲を下げる小金持ちです。彼らは出撃を前に乾杯を繰り返し、浴びるように酒を飲みますが、これも記録にあります。広場に集う数万の民衆の中に馬を乗り入れることへの恐怖と、民衆に対する憎悪と蔑視がまぜこぜになったメンタルの暴走ぶりが、巧みに描かれています。一方、濃紺の制服の軽騎兵と赤い制服の歩兵は、いずれも正規軍の若い兵士達です。軍隊同士の戦いを本分とする彼らは軍律に従って当然素面で、ヨーマンリーの酔っ払ったおっさん達が丸腰の民衆に襲いかかり、女子供まで切り伏せているという広場の惨状は驚きでしかありません。しかも治安判事達は、広場に通じる全ての道路を封鎖する非道な命令を下していて、逃げ道がありません。そんな状況で酔っ払いの味方をさせられるのは、誇り高い正規軍軽騎兵にとって恥辱でした。映画で軽騎兵がヨーマンリーに剣を突き付け、「恥を知れ!」と罵るシーンがあります。記録ではあの言葉には前段があり、「相手は女子供だぞ、恥を知れ!」だったそうです。胸が痛みます。
 映像表現では、改革派内部の分裂が巧みに描かれていたのが印象的でした。一部のリーダーが過激な演説に酔い痴れて、選挙法改正とは無関係でフランス革命に由来する「自由か、死か!」というスローガンを叫び始め、運動全体を弾圧の危険にさらしながら投獄される場面は印象的です。また、改革を求める女性の協会でも、教育を受けられる市民層の幹部女性が、互いの話す言葉を分かり合って気持ちを高めている中で、「あんたらが何を言っているか分かんないよ、分かるように言えよ!」と毒づく貧困層の女性二人もインパクトがあります。そこから、少し分かりやすく話してもらったらすとんと腑に落ちた女性と、それでも分からないとわめき続ける最底辺の女性の対比に進みます。生活水準によるマンチェスター方言の細かい違いが分からないのが残念でしたが、全体として監督の力量を感じさせる見事な描写でした。
 実はこの映画が描いた悲惨な状況から、『トールキン 旅のはじまり』で描かれる国民国家の時代まで、イングランドでは100年ほどのこと。それぞれの舞台となったマンチェスターとバーミンガムは、共に産業革命を担った工業都市であり、よく似た民衆の苦しい暮らしも描かれます。両作品を時間を置かずに鑑賞することで、より深い理解が可能となると思います。

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