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マーウェン (2018)

WELCOME TO MARWEN

監督
ロバート・ゼメキス
  • みたいムービー 88
  • みたログ 137

3.47 / 評価:106件

総合芸術の映画だからできること

  • うそつきカモメ さん
  • 2019年7月29日 5時46分
  • 閲覧数 344
  • 役立ち度 1
    • 総合評価
    • ★★★★★

とても興味をひかれたテーマだった。
架空の町を人形で作り上げ、それを写真に撮ることで失われた自分の過去を取り戻そうとする男のおはなし。それも実在する人物という。

ゼメキスはこのところ実在する人物を映画化してばかりだ。イーストウッド信者にでもなった印象が強い。それでも彼らしい遊び心が随所に顔を出す。タイムマシンがデロリアン風に仕上がっているところは必見。

冒頭の戦闘機からパイロットが脱出するシーンから、彼を守るプライベート・アーミーがナチスを機銃掃射で蹴散らすシーンは文句なしに素晴らしいイントロデュースだ。魅惑的な八頭身美女軍団が出てくるあたりで現実とファンタジーの境界があやふやになり、実はすべての登場人物が彼の脳内で割り振られた役割を演じている人形だったというオチ。これだけでこの映画の方向性が決定づけられたと言っていい。

実は予告編でこの辺りに興味がわいて観に行かずにはいられないほど楽しみにしていたのだが、実際に映画館で観るとやはりその迫力に圧倒された。(昔ながらの古い劇場でしかやってなかったのが残念だったが)

よく見ると、衣装がしわのない質感だったり、女性のプロポーションがモデル並みに整っていたりと、だんだん現実との違和感が現れてくる映像表現が見事で、アラン・シルベストリのスコアも見事。使用曲もいちいちツボをついてくる名曲揃いだ。

(もし、映画を見てみたいと思っている人がいたら、ここから先は読まない方がいいかも知れません)

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しかしこれだけ好み通りの展開で、終わった時の満足度が「?」だった映画も珍しい。

当然のように、現実世界で折り合いがつかず、その苦労を克服していく映画だとばかり思っていたのだが、肝心のその部分がどうにも消化不良のまま終わってしまった。主人公は、内面世界で大きな敵を倒し、成長を遂げたことでひとつのおはなしとしてまとめ上げられている。そこに大きな不満が残った。

もし、お隣さんが、自宅の庭で戦争ごっこを写真に撮る芸術家だったら、どれだけ素晴らしい写真だとしてもやはり気味悪いと思わずにはいられないだろう。おまけに、女性の使用済みの靴を集めるのが趣味とくればなおさらだ。実際に、その趣味のせいでオトコはひどいリンチに遭い死にかけるし記憶もなくしてしまうのだが、地域のコミュニティはそれも「ありき」のうえで彼を受け入れて成り立っている。

変わり者の類で片付けられているのだ。

その点、主演のスティーブ・カレルの存在が邪魔しているとしか思えない。私は、こんな「愛される変わり者」を演じられるのはジム・キャリーをおいてほかにないと思っている。カレルでは、現実世界での変態度合いが強調され過ぎる。ひとりでも、彼のことを皮肉る人物が出てくればバランスが取れたが、彼の世界ではみなが受け入れてしまっている。

ゼメキスはどうしてこの人物を映画にしたいと思ったのか。

写真の描き出す世界観に魅入られ、映像と音楽が沸き上がってきたのか。人物そのものに惹かれたのか、あるいはその両方か?そこの部分が決定的に弱い。すなわち、おはなしとして面白くない。

一応、裁判で証言台に立つというクライマックスを迎えることで落ち着くが、自分の変態趣味について多少の後ろめたさも匂わせてしまっている。

『バック・トゥ・ザ・フューチャー』で、主役を途中で降板させたゼメキスだ。納得できないなら、スティーブ・カレルであれ誰であれ、初めからキャスティングしなかっただろう。今やそれが許される地位にある。もし彼が主役を演じたことに意味があるとするなら、「浮き世離れした生活感の無さ」に尽きるだろう。

マーウェンという理想郷で勲章を手に入れて至福の境地に達する男は、現実には恋心を打ち砕かれ、裁判所でパニック発作に襲われ逃げ出す。この二重構造の折り合いの付け方が、何とも歯切れの悪いものになってしまった。

映画が総合芸術である以上、おはなしの部分がキチンと出来ていないといけないと思う。他の要素が良かっただけに、残念な作品だった。

詳細評価

物語
配役
演出
映像
音楽

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