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アルプススタンドのはしの方 (2020)

監督
城定秀夫
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4.17 / 評価:319件

これも現代を映した青春映画の快作だ

今回取り上げるのは、昨年7月に公開された『アルプススタンドのはしの方』。2020年のキネマ旬報ベストテンでは日本映画の10位に選ばれている。監督の城定秀夫はピンク映画で実績を積み重ねた人だが、本作には性的要素はまったくない。埼玉県の東入間高校の生徒たちが、夏の甲子園に出場した野球部の応援に渋々参加するも次第にヒートアップしていく物語だ。
1時間15分の上映時間はコンパクトで退屈を感じる箇所が全くなく、私的評価は文句なしの★5つだ。舞台はタイトル通り、甲子園球場のグラウンドからいちばん離れた観客席と、自販機・トイレがある通路部分に限られている。主役である野球選手が映るシーンはなく、会話の中でエース投手の園田と控え選手の矢野、相手チームの怪物級投手について語られるだけだ。

中心となる登場人物は6人いて、一応の主人公は演劇部の女子・安田(小野莉奈)。同じ演劇部で主役を演じる田宮(西本まりん)がインフルエンザに罹り、大会への出場を諦める場面がファーストシーンとなる。否応なく現在のコロナ禍を連想して胸が痛むが、昨年は高校野球自体が中止になり、野球はおろかスタンドでの応援さえ幻の風景になってしまったのだ。
野球部を退部した男子・藤野(平井亜門)は元投手で、同じ量の練習をしてもエースの園田ばかりが上達していくのに嫌気が差して辞めてしまった。実力がなくレギュラーになれないのに野球部にしがみ付いている矢野を見下している。彼の中で園田 自分 矢野という序列が出来あがっており、そんな屈折した思いが試合の進行によって変わっていくのが観どころである。

学力トップの成績を誇る眼鏡っ娘・宮下(中村守里)はひそかに園田のことを想っている。その園田と付き合っており、宮下からトップの地位を引きずり下ろしたのが、吹奏楽部の部長・久住(黒木ひかり)である。勉強以外に取り柄のない宮下と、容姿・人望・彼氏・勉学と全てを手に入れているかに見える久住。しかし映画は両者に感情移入できるように作られている。
唯一の大人キャラが茶道部顧問の厚木先生(目次立樹)で、本作のお笑い担当である。一昔前の青春ドラマのような暑苦しさで生徒たちを鼓舞して応援を続けるが、実は全く腹から声が出ておらず、後半では喉を酷使して血を吐く始末。こういう描写も、現在のコロナ禍ではできなくなってしまった。この先生が茶道ではどんな指導をしているのか想像するのは楽しい。

僕は1990年代の後半に兵庫県の西宮市に住んでいた。甲子園球場から2駅離れた所で、巨人・阪神戦のナイターが行われる日は、風に乗って歓声が自室まで聞こえてきたものである。夏の高校野球シーズンになると、休みの日の午前中は大阪・梅田の映画館で映画を楽しみ、その後は阪神電車の快速で甲子園駅まで行き、球場へ行って試合を眺めるという過ごし方が定着していた。
僕は1000円ほどの入場料を払って、三塁側の内野席に座るのが好きだった。その席にはユニフォームを着た若い女の子がビールを売りに来てくれて、応援の吹奏楽に耳を傾けつつ、試合の経過はそっちのけで夕方までビールを飲みながら座っていたものである。横浜高校の松坂投手が活躍した年の決勝戦は、球場が超満員で内野席に入れず、やむなく無料の外野席に座った。

当時の吹奏楽ではピンクレディーの「サウスポー」、山本リンダの「狙いうち」、Xの「紅」、THE真心ブラザーズの「どか~ん」などがよく演奏されていた。正面に陣取る応援団長らしい人が曲名を書いたフリップを高く掲げて、次に演奏する曲を指示するのを見るのが面白かった。試合終了後、各々の応援団が相手校に対してエールを送り合うのも感動的だった。
運動、特に野球が全くの苦手であった僕が熱心に甲子園に通うくらいだから、高校野球には人を惹きつける魅力があるのだろう。本作でも、最初は興味なさそうに試合を眺めていた女子がだんだんと熱を帯びてくる。弱気な宮下が腹の底から声を出して応援し、演劇部の二人はインフルでチャンスをふいにしたわだかまりを解消する。そんな熱狂が少しは分かる気がするのだ。

本作の隠れた主役は、控え選手の矢野になるだろう。代打で出番が回って来て送りバントに成功。自らはアウトになるが、遠いスタンドから観戦する女子は「表情は見えないけれど、矢野さんがとても嬉しそうに見える」と言う。この場面は選手を写さず、球音と歓声、観客席の反応だけで感動させる。映画の観客が脳内で選手の動きを想像するのが、映画を観る事なのだと思う。
最後に面白かったのが、冒頭で安田と藤野が「ホテルで補習を受けていた」と語る場面だ。埼玉県から甲子園まで、高校野球の応援に行った先で補習を受けなければいけないとは・・・。今どきの高校生は大変だと思うが、年月が経てばこんな経験もかけがえのない青春の1ページとして、懐かしく思い出すこともあるのかも知れない。

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