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劇場版『Gのレコンギスタ I』「行け!コア・ファイター」 (2019)

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3.91 / 評価:117件

たとえ年老いても英雄は英雄である

  • bru0 さん
  • 2021年6月29日 21時07分
  • 閲覧数 320
  • 役立ち度 5
    • 総合評価
    • ★★★★★

さすがは海千山千のガンダムファンで、各レヴューの内容が正確なので新たに付け加えて書くべきことはないのだが、自分の中のもやもやを消化するためにレヴューを投稿する。

 『閃光のハサウェイ』の入場者特典にて鑑賞。
 率直な第一印象をいえば、つまらない。状況が混乱していて誰が何をしているのかわからない。かつて「キレすぎる」とまでいわれた富野由悠季の絵コンテにも明確に老いと衰えが見られる。
 話の骨格はギリシア悲劇であり、主人公は少年ベッリではなくヒロインのアイーダ・スルガンである。もしも弟が恋人を殺したら、女はどのように行動するか?それが政治的には非の打ちどころのない行為で、彼女の悲痛な気持ちは社会に理解されないとしたら、その悲劇はどのように報われるのか?というのがテーマである。ソフォクレスの『オイディプス』や『アンティゴネ』のような話。それならば『アイーダ』という題名にして彼女の視点で話を進めればいいのだが、ベッリ視点で話が進むのでかったるい。白髪の第二ヒロインもなんのためにいるのかわからない。伏線はあとで回収するので、まずはこの世界を楽しんでほしいと考えているのだろうが、『キングゲイナー』に比して、少なくとも序盤では魅力を感じなかった。ヤッサバ・ジンの時間を止めるオーバーマンが印象的だった同作から見ると年をとって力が衰えたと感じる。『キングゲイナー』はもう20年前の作品だし、その後にやったのはZガンダムの三部作だからアニメ作りの勘を失っているのかもしれない。富野氏の作品から、かつてあれほどこだわっていた新しさが感じられないのだ。しかし、そりゃそうだ、誰だって年をとるさ。私自身、体が重くなって夜更かしできなくなった。たとえ伝説的アニメ監督であってもいつまでも驚嘆すべき作品を要求するのは酷というものだ。
 
 とにかく構成が酷く見ていられないので、一見さんには勧めない。
 しかし、どんなに酷くてもやはり富野氏の作品なのだ。だから、子供の頃から彼のカリスマの下で育った人間としてこの作品を無視するわけにはいかない。
 以下はガンダムおたくに向けた感想である。

 富野氏の作品は時代に反応した詩であり、写実主義的な整合性はない。彼の作品が、構成が場当たり的で歪であっても、観客、視聴者に強い印象を残し、予言として機能するのはガンダムが映像詩だからである。綱渡り的で危なっかしく、リアリティは破綻している『Zガンダム』が旧西側社会の政治腐敗と軍事機構の権力濫用を鋭く描いているのは、富野氏が詩的に政治批判を行ったからである。30年以上前の作品であっても『Zガンダム』はまったく錆びることがなく、むしろ明晰な認識をもたらしてくれる。我々は彼の叙事詩に魅了されて育ち、その詩が実現できないことを実感しながら生きている。富野セリフと呼ばれる文法的なトリックのあるセリフが使われるのも、安定した支配に単独的な異化作用をもたらす効果を狙ってのことである。その富野氏の作品である以上、一見して内容が理解できなくても「どこかに見どころがあるのではないか?」と探してしまう。富野氏自身がリア王であり、オイディプスに見えるのだ。
 現在ヒット中の『閃光のハサウェイ』も富野氏が書いたから傑作になったのであり、彼の存在抜きには存在しえない。ガンダムは彼自身の人生を反映した叙事詩である。富野氏抜きで自分のガンダムが作れるなどという考えは笑止千万である。数多の非富野ガンダムを邪道と非難しながら、自分だけは例外でいられるという考えは幼児の考えであり、叱責を受けねばならない。

 作品に魅力がなくても、富野氏を守らねばならないと感じる。ボロをまとうだけになったオイディプス、リアであってもやはり王なのだ。本作はカリスマを守るために老人介護までする覚悟はあるのか?、をファンに問う作品である。奇しくも『ターンエーガンダム』の裏テーマは老人の介護だとおっしゃられていた。その富野氏が介護される立場に近づいたのだ。人間は元気な状態から心臓発作で突然死ぬようではなくなった。我々はかつてムチャをして散々に人生をかき回してくれた英雄を看護することを求められている。
 わたしは『ジーレコ』の続きを見る気はないが、それでも粗製乱造され大金を生み出すmcuよりははるかにいいと感じる。mcuの稼いだくだらない金は富野氏が後顧の憂いなくガンダムその他の作品を作るために際限なく流用してよいと思うくらいだ。本作は少なくとも私の期待に沿ったものではなかった。しかし、その背後に幾多のガンダムや非ガンダム作品の残響がありありと聞こえるのだ。それだけのためにでも『ジーレコ』を見る価値があるし、見て良かったと思う。
 これは歴史の共有者だけが得る感覚であり、他人にはわからない。本作はそういうプライベートな作品である。

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