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劇場版『Gのレコンギスタ I』「行け!コア・ファイター」 (2019)

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3.91 / 評価:117件

こんなにおもしろいアニメだったとは

  • yuki さん
  • 2021年7月12日 21時06分
  • 閲覧数 291
  • 役立ち度 2
    • 総合評価
    • ★★★★★

これ富野アニメの最高傑作じゃね?っていうくらい面白かった。あの意味不明としか思えなかった構成が、ちょっと台詞回しをイジるだけで、こんなにも変わるとは。
話の構成自体はほぼ変わらないけれど、セリフの言い回しを変えることでとても見易いアニメになっていた。特に意味不明だった3~6話の流れがスマートになっていてよかった。独特の富野セリフのせいで掴み辛かったキャラクターの感情の流れがすんなりと理解できた。

つまり、ベルリはアイーダへの一目惚れとカーヒルを殺したことへの贖罪から、キャピタルを抜け出しアメリア軍へ身を寄せるというのが序盤の展開なのだけれど、その感情の流れが劇場版は非常にスムーズに理解出来るようになっていたと思う。
TV版初見時は、どうしてベルリがキャピタルを裏切るのか納得しづらかった。

そして全般的にセリフが説明的になってしまった代わりに、Gレコの世界図も理解しやすくなっていた。ポイントは、連邦軍にジオンが挑んできたというような旧来的な図式ではなくて、資源を独占しつつ、さらにタブーである軍事化を進めているキャピタルにも問題があり、その意識からベルリはキャピタルとも敵対していくということ。

これは、おそらく警察予備隊が自衛隊に改変されていった歴史のパロディではないだろうか。違憲である軍事組織がなし崩し的に成立されていった自衛隊の歴史に似ている。
そしてベルリの意識はアーミーではなくキャピタル・”ガード”であり、あくまで戦いの調停者として振る舞おうとするのがGレコ前半部分のキモであったのではないだろうか。

これはベルリがTV版第二話でカーヒルを撃ち殺してしまったこと通底していて、戦ってほしくない、でも守ろうとすれば殺してしまう、という二律背反を描こうとしていたのだと劇場版を見て気づいた。それは二部で描かれるであろうデレンセンの悲劇へと繋がっていく。

TV版だと、ベルリのへらへらとした言動ばかりに目がいって、その行動の本質を見逃していたなと。実はすごく真面目なキャラクターである。
TV版を見てるときは軽快に殺し合いをやってる違和感が拭えなかったが、劇場版はキャラクターの感情の流れが丁寧だからか、そのon/offが自然に受け入れられた。

最後に総集編映画としての評価だが、2クールを全5部作とリッチに分割してるおかげか、ほとんど違和感なく見れた。こちらから見ても良いと思う。
ただ、個人的に1話部分はTV版のほうが好きだ。やはり音楽や編集の流れが大きく変わってるため、どちらの映像が好きかどうかの好みは出てくると思う。GレコTV版は意味不明だったが、だからこそ溢れ出る生命力のようなものが、あのアニメには横溢していたと思う。
劇場版はとてもスマートなアニメになったが、Gレコ特有の洪水のようなスピード感・キャラクターの狂気に迫るようなカラ元気な魅力は、ちょっと純度が下がったような気がする。

詳細評価

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