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劇場 (2020)

監督
行定勲
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3.93 / 評価:1503件

芥川賞作家・又吉直樹原作の映画化

今回取り上げるのは昨年7月に公開された『劇場』。数多くの話題作を手がけた行定勲監督の作品レビューを書き込むのは「今度は愛妻家」「パレード」に続く3作目で、レビューを書いていない映画は「世界の中心で、愛を叫ぶ」と「春の雪」を映画館で観たことがある。原作は又吉直樹で、芥川賞を受賞した「火花」は200万部超えの大ベストセラーを記録した。
下北沢を拠点に活動する劇作家で演出家の永田X(山﨑賢人)。高校時代の友人・野原(寛一郎)に触発されて演劇の脚本を書くようになり、卒業後は野原と一緒に劇団「おろか」を立ち上げた。感性が敏感になる思春期は創作意欲が開花し、誰しもが物書きや音楽・映画など表現者として身を立てる夢を見るという。彼の回想シーンは、僕も大いに共感するところである。

冒頭は「いつまでもつだろうか」の独語と共に路上に座り込む永田の姿が映され、第一印象はホームレスかフリーターのようだ。渋谷の画廊で同じ絵に目を奪われて、同じ靴を履いている若い女性・沙希(松岡茉優)に声を掛ける。実は二人は一緒にいると不幸になる組み合わせである。同じタイプのカップルで最も有名なのは「道」のザンパノとジェルソミーナだろう。
立ち去ろうとする沙希を追って話しかける永田。僕が沙希の立場なら近くの交番まで全力疾走で逃げるか、万一捕捉されたら大声で助けを呼ぶか死に物狂いで抵抗するだろう。彼女は青森県出身の学生で、喫茶店でコーヒーを飲むだけだった永田と演劇の話で盛り上がったと思われる。極端な人見知りの永田が、なぜ沙希をナンパするほどの大胆な行動力を発揮したのか?

二人が出会って物語が転がり出すかと思うとそうでもない。永田は「その日」という脚本を書き、沙希を劇の主役に起用して好評を得る。劇団おろかとしては初めての成功で、これを機に下北沢で定期公演ができるようになる。しかし沙希が舞台に立つのは「その日」だけで、物語はこれをピークにドンヨリした方向に行ってしまう。2時間16分もある映画でこれはキツい。
表現者としては社会の規律に縛られずに、反権力的な衝動を創作の原動力とする方向は間違ってはいない。しかし他の評判のいい演劇などに強烈な負の感情を抱き、イーストウッドの名前が出ても不機嫌になる。必死に創作活動に励むシーンはほとんどなく、長時間取り組むのは沙希の部屋で夜通しサッカーゲームをやるだけ。これでは永田に感情移入するのは無理だ。

永田は沙希が知人から譲り受けた原付バイクを、メチャクチャに壊してしまう。この場面では「バイクは殴り返してこないからな」と醒めた気持ちになった。劇作家という多くの人と協力して演劇を作る仕事をする者の中に、実際にこういう人物がいるわけではないだろう。誰もが抱える負の感情を映像的に誇張して表現したのが、永田というキャラクターではないか。
他に彼の許せない行動を挙げてみると、沙希の自宅に同居しているのに「光熱費くらいは払ってほしい」という当然の願いを無視し続けたこと。沙希に仕送りをしてくれる母親について「お前のオカンが嫌いだ」と口にしたことである。心で思っても言ってはならない言葉だ。僕が沙希の立場だったら、殴られるのを覚悟で「お前は人でなしか?」と言い返すだろう。

沙希は優しい性根の女性だが、永田を仕事面でサポートするのは最初だけ。むしろ彼を甘やかして怠惰な生活を送らせてしまう。彼に影響されるように酒浸りになっていく姿が、自業自得とはいえ哀れである。むしろ女性キャラで永田を助けるのは、かつて劇団おろかに所属していた青山(伊藤沙莉)で、一人でこなせなくなった劇評の仕事の一部を永田に任せてくれる。
反社会的な行動が目立つ永田も、素晴らしい演劇を観て感動するだけの感性は持っている。野原と一緒に「まだ死んでないよ」という劇団の芝居を観た永田は感泣する。この涙は、純粋に演劇に感動しただけでなく、自分とのレベルの違いを実感した悔しさも含まれるだろう。「まだ死んでないよ」の劇作家を演じるのは「白日」がヒットしたKing Gnuの井口理である。

健康を害した沙希は青森の実家に帰り、そこで就職する決心を固める。彼女は27歳になっており、遅すぎた決断とはいえ観ている僕もホッとする。荷物整理のときに「その日」の台本を見つけ、かつての輝いていた日々に思いを馳せる二人。もしやり直せるならばこんな事をしようと、永田が熱く語っていると周囲の壁が倒れ、二人は演劇の舞台の中にいる。
このクライマックスは、寺山修司監督の「田園に死す」を連想した人は多いだろう。観客は満員で、永田は演劇人としてやっと花を咲かせたのだろうか?しかし舞台上の沙希の他に、観客席で泣きながら舞台を観るもう一人の沙希がいる。挨拶するスタッフの中には野原の他に退団した青山もいる。やはり世の中はそう甘くなく、永田の想像上のハッピーエンドなのだろう。

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