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読まれなかった小説 (2018)

AHLAT AGACI/THE WILD PEAR TREE

監督
ヌリ・ビルゲ・ジェイラン
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3.69 / 評価:13件

あの木馬の内側からの眺めは…

  • bakeneko さん
  • 2019年12月3日 11時03分
  • 閲覧数 456
  • 役立ち度 4
    • 総合評価
    • ★★★★★

いきなりすみません!―1度入ってみたくて…(でも主人公の幻想シーンだから実際は違うかも…)
物語構成&映像美&テーマ&演出力&文学的蘊蓄&音楽…と全ての点で現在世界映画の最高峰に位置するヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督の新作で、上映時間が3時間を超えながら少しも緩まない演出力で、父親と息子の相克と理解を映し出してゆきます。

大学を卒業したシナンは処女作の本を出版するために故郷であるチャナカレに戻り、久しぶりに小学校教師である父親や母親、妹や街の人々に再会する。父親は定年後に動物を飼う生活の為に家を買い、長いこと井戸掘りをしているが一向に水が出ない。また競馬にのめり込んでいて実家の経済は火の車だ。シナンは金に困り、小さな夢に執着している父親が卑小に見えて仕方がなく、同じような人生を歩むレールが敷かれているかのような教員試験にも熱が入らず、自身の夢の為に本の出版費用工面に奔走する。幼馴染の恋人の結婚や仲間たちとの葛藤、在郷作家との論争、聖職者との会談…と様々な体験を経ながらも地方に埋没する人生への焦燥を募らせたシナンは出版費用捻出のためにある手段を選択する…という、“若者の青春の蹉跌と精神的成長”を、父親との葛藤を中心とした周囲の人々との遣り取りを通して掘り下げてゆきます。

フンッ!という人を馬鹿にした鼻息&口を歪めて嘲笑を浮かべるシナンの“いかにも大学出の頭でっかちの若造”の造形の実在感と未熟な精神の解剖が痛いほど現実的で、観客自身の若かった(=恥ずかしい)頃を思い出させて、青さ丸出しの世間への視線と態度に辟易させながら同時に、高慢だが純粋だったあの頃の気持ちにも同調させる—見事な演出手腕に乗せられる作劇となっていますし、本映画自体が青年自身が語る自作(=エッセイの様に綴られた連作)の特徴を映像化したように様々な身辺エピソードが集積してゆき、やがてそれがポリフォニー的にテーマを浮かび上がらせる—“もしかしたらこの映画は青年の小説を映像化しているのではないかと思わせる”「8 1/2」的2重構成も効果的であります。
また、最初のカフェの窓ガラスに青年が映るシーンから、考え抜かれた構図と絶妙な映像美にも満ちた作品で、特に幼馴染の女性との逢瀬の自然と感情が一体となった映像は「ライアンの娘」を彷彿とさせます。
更に、前作「雪の轍」がチェーホフの原作&筆致を引用していたように、本作はドストエフスキーの作品の引用を見つけることが出来、精緻な人間心理解剖と徹底的な議論性に加えて、
高慢な青年は「罪と罰」のラスコリニコフをモデルにしていて、 “自分の高貴な理想を達成するために下賤なものは犠牲になるべきだ”-とばかりに父親が大切している犬を売り払う行為とその後の良心の呵責幻想(ワンちゃんの円らな瞳が痛々しい!)や、作家との対論の突出した白熱性、そして父親のギャンブル狂といった設定も文芸ファンは嬉しくなってきます。
また、幻想場面ではブニュエルの魔術的な“リアリズムと現実の混濁”演出を再現していて、蟻が集る映像はもちろん「アンダルシアの犬」ですし、追い詰められて木馬に逃げ込んだり、売り払った犬を幻視することや、縊死&死体幻想…には、「皆殺しの天使」、「ビリディアナ」、「ブルジョワアジーの密かな愉しみ」…といった作品の手法を効果的に引用しています。
そして、音楽はJ.S.バッハのパッサカリア ハ短調 BWV582を通常のオルガン演奏ではなく、(戦前人気のあった「オーケストラの少女」や「ファンタジア」では自分役で出演している―あの癇の強そうなおじさん)レオポルド・ストコフスキー編曲のオーケストラ版を流すなど、映像&主人公の内面とのシンクロを意識した選曲で唸らせてくれます。
3時間の上映時間で推移してゆく、大学出の青年の帰郷時の奮闘と心境の変化を深い人間洞察と見事な映像&変幻自在の演出で魅せる傑作で、ダーダネルス海峡に面したトルコ北西の都市チャナカレの風物や自然も映し出されていますし、トルコの田舎には野生のジャッカルがうようよ居ることも判りますよ!

ねたばれ?
1、青年が資金提供に訪ねた採砂業社は、海中に堆積している黒鉱資源(閃亜鉛鉱(ZnS)、方鉛鉱(PbS)、黄銅鉱(CuFeS2 )で、それぞれ亜鉛や鉛、銅などの鉱石)を採掘しています。
2、対照的な性格の聖職者2人と青年が語りながら道を下って行くシークエンスは、パゾリーニの「大きな鳥と小さな鳥」がモチーフです(青年はカラスの役ですな♡)。
3、トルコの500クルシュ金貨は日本円にして20~30万くらいです。

詳細評価

物語
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音楽

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