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再会の夏
2019年12月13日公開

再会の夏

LE COLLIER ROUGE/THE RED COLLAR

832019年12月13日公開

azpxvk

5.0

ネタバレ戦場から生きて戻った若者の愛と再生:長文

邦題は映画の内容にふさわしくない上、宣伝が臭わせた「犬映画」はミスリード。実際は法廷サスペンスの味付けで、第一次世界大戦前後のフランスの闇と光をじっくり描いたラブストーリーだった。ただし、フランスの文芸映画だけあって、内容を読み解くのに高いレベルのリテラシーを求められる。 まずフランス語の原題の『赤い首輪』について。もちろん登場する名犬の首輪のことではない。主人公のモルラックは、第一次世界大戦で活躍した軍の英雄として、レジオン・ドヌール勲章を授けられた。実はこの勲章に用いられるリボン類が赤一色で、それを示唆している。 また、主人公の出征時期も興味深い。1916年の夏。この年は第一次世界大戦でも最大級の激戦が続いた年で、両軍に無数の死傷者が出た。主人公はトルコ方面に送られて、そこも地獄の戦場ではあったものの、ソンムなどベルギー方面の主戦場で砲撃や機銃掃射にさらされ、泥に埋もれて虫けらのように死んで行く運命は避けられた。注目すべきは、彼が出征した時期が、1914年夏の開戦直後ではないこと。開戦が伝えられると、ヨーロッパの各国で若者達が熱烈に軍へ志願した。それは近年の映画『トールキン 旅のはじまり』でも描かれた。そちらに登場する、ノブレス・オブリージの思想と愛国心に突き動かされたオックスフォード・ケンブリッジの大学生たちだけでなく、各国で貧しい労働者階級からも熱狂的な志願が相次いだ。ところが時の軍部にとって、1914年の志願兵は、練度の高い精鋭部隊とは扱いが異なった。「低コストで集められた、未訓練の使い捨て戦力」と見られ、守りを固めた敵陣地への突撃を命じられるなどして、多くの者が緒戦で戦死していった。しかしモルラックは、徴兵令状が届くまでの2年近く軍に行かず、日常生活を守り続けていた。そうする必要は、彼の経済状況から説明できる。 彼がやっているのは、村の入会地(共有地)に生える雑草を刈り取り、乾かして、家畜の餌に量り売りする仕事だ。これから、彼がフランスの農民でも最も貧しい者だと分かる。彼の家は貧しく、自分達で耕作すべき畑を所有していないから、村の衆に大目に見てもらって、共有地に生える草を刈り取って生計を立てているのだ。しかも彼の家には働き手が彼一人しかいなかったため、貧しい彼は学校にはほとんど通っていない。にもかかわらず、本を読めるほどの識字力を持っていた。田舎の農村では、稀な「努力型の秀才」だった。そして、流れ者の政治犯の娘として、逃亡先であったその村に居着いたヒロインのヴァランティーヌは、「一人暮らしの娘」というムラ社会における自分の微妙な立場と、それを象徴するストーカーへの対処の必要性から、彼の中に「教育しがいのある」パートナーを見出す。そこから二人の物語が動き出す。 戦争は、二人の関係に変化を強いた。彼にも徴兵令状が届いて出征する時の馬車には、少なくない人数が乗っていた。彼の住む貧しい村には、共和国が呼びかけようと、軍に志願するわけにはいかない貧しい家の働き手が多くいた。「お互い、逃げなかったな!」の意味での、「おぅ、モルラック!」が熱い。彼らの何人が生き延びたのか。この1916年には、最前線のフランス軍部隊で大事件が起きた。無意味な大量自殺としか思えない、敵の機関銃陣地への肉弾突撃の毎日に倦み疲れた兵士達が、軍法会議による銃殺刑を覚悟の上で、大規模な戦闘拒否を起こした。銃後にも、そういった前線の非人間的な状況は漏れ伝わっていた。激戦の数カ月だけで数十万に上る膨大な戦死者は、多くの喪の悲しみを地域にもたらした。 しかし、彼は戦場で生き抜いた。彼自身の「地獄」という表現とは裏腹に、監督は翌1917年にかけての戦場での回想シーンを、淡々としたトーンで描く。その終末に位置する「各国の兵士による、『インターナショナル』の斉唱」シーンの高揚への準備として。そして、そのはかない希望の破綻は、帰国後の彼の「暴挙」を説明する上で十分なものだと思う。寡聞にして、ロシア革命後の東方の戦線で、この映画で描かれたような事件が起きたという話は聞いたことがない。ただ、1914年冬のベルギー方面の塹壕では、両軍の兵士が自主的に戦いを中断した「クリスマス休戦」があった。双方がワインや食べ物、クリスマスツリーを持ち寄り、両軍の陣地に挟まれ、「誰ひとり生きてはいられない場所」として英軍兵士からノーマンズランドと呼ばれた場所で、兵士達はクリスマスを祝って交流した。大戦当時は国家反逆罪として厳しく処断され、交流の証拠となる写真もほとんど破棄された。ただそれが、今日の汎ヨーロッパ的連帯の文脈では、「戦いより友愛を求めた彼らの方が正しかったのではないか」と疑問を呈されるようになっている。この映画はそういう時流の変化を前提とし、死が支配する戦場から、生きて戻った若者の愛と再生の物語である。

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