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リンドグレーン
2019年12月7日公開

リンドグレーン

UNGA ASTRID/BECOMING ASTRID/YOUNG ASTRID

PG121232019年12月7日公開

Dr.Hawk

4.0

ネタバレあなたに語りたい物語がこんなに沢山あるの

2020.3.26 字幕 京都みなみ会館 2018年のスウェーデン映画 実在の童話作家アストリッド・リンドグレーンの「前」半生を描いた自伝映画 監督はペルニール・フィッシャー・クリステンセン 脚本はペルニール・フィッシャー・クリステンセン&キム・ファプ・アーケソン 物語はアストリッド・エリクソン(のちに結婚してアストリッド・リンドグレーンとなる、演:アルバ・アウグスト、老齢期:マリア・ファール・ヴィカンダー)の青春期が紡がれて始まる アストリッドは父サミュエル・オーガスト・エリクソン(マグナス・クレッパー)と母ハンナ(マリア・ボンネヴィ)との間に生まれた3人姉弟妹の長女 ある日アストリッドに父の友人の編集者ラインホールド・ブロンバーグ(ヘンリック・ラファエルセン)から新聞社の秘書にならないかと申し出が入る アストリッドは嬉々として受諾し「ヴィンメルヴュー」の編集社へとに向かった 映画は老齢期のアストリッドが子どもたちからのバースディ・プレゼントの手紙を開封しながら過去を語るという回顧形式で、物語の核ごとに子どもたちのモノローグにて手紙の内容が語られる 冒頭では「どうして子どもの気持ちがわかるのですか?」と素朴な疑問から始まり、中盤では作品の内容にふれて「あなたの物語には死がたくさん出てくる。私は生きたいと思いました」と情操教育に多大な影響を与えていることがわかる 映画は「アストリッド・リンドグレーンになるまで」を描き、主に前半生の第一子ラッセことラーズ(マリウス・デムスレヴ、イサク・ライデック・ラディオン)の出産と里親マリー(トライン・ダイホルム)との関わり、そして3歳になったラッセを引き取るところまでが主軸である 第一子ラッセの父は「ヴィンメルヴュー紙の編集長であるラインホールド」 ラッセはラインホールドの離婚協議中に出来た子どもであり、彼の姦通罪適用を逃れるためにデンマークに里親に出した経緯が描かれる だがラインホールドは罰金刑で済み、アストリッドは「そんなもののために3年間を費やしたのか」とラインホールドを見限る ここでラインホールドは呆気に取られるのだが、この女心の機敏さを理解できる紳士は少ないだろう そしてマリーの病気による養育不能を受けてアストリッドがデンマークに向かったとき、ラッセはすでに3歳になっておりマリーを母親だと認知していた 無理やりスウェーデンに連れ戻して母親になろうとするアストリッドだったがうまくいくはずもない そんな中でラッセは百日咳に罹ってしまう 苦難は続きそんなアストリッドを陰で支えたのが「ロイヤル自動車クラブ」時代の上司スチュール・リンドグレーン(ビョルン・グスタフソン)であった ちなみに物語はスチュールと良い関係になるところで終わり、第二子のカーリンの出自やスチュールはとの結婚は「2回目の略奪愛だった」というシークエンスは見事に省かれている またアストリッドがいつから執筆を始めたのかとか、その紆余曲折などにもふれない徹底ぶりであった だが本作を観れば「児童文学作家アストリッド・リンドグレーン」の原点は理解できる シングルマザーとして息子を育て、身から出た錆とは言え「誕生後に母親の仕事を奪われた」という経緯がある 自然と母親になれなかったアストリッドは3年の時を経て「母親になろうとする」のだが、ラッセが彼女に気を許し始めるまでに時間を費やした そんな中で眠れないラッセを寝かそうとして「枕元で物語を語る」というエピソードがある そこで語られるのは故郷で笑い話になっていた「ソドムとゴモラとソーダ水」であり、その物語に興味を示したラッセはようやく彼女の胸元で眠るようになるのだがこれが「児童文学作家の原点」と言っても差し支えないだろう (実際は第二子カーリンが物語りをねだったというエピソードがありそれが「活動」の原点とも言えるだろう) ラインホールドとの会話で「新聞とは何か?」という問答があり、そこでアストリッドは「光」「自由」「希望」と答えている 宗教が示すダブルスタンダードを指摘する彼女は宗教にはそう言ったものがないと感じている 彼女は生老病死喜怒哀楽をありのまま伝えることで子どもたちの感受性を信じている そう言った子どもたちへの信頼はラッセが歩み寄った瞬間にあると言えるだろう いずれにせよ、原題が『Unga Astrid(英題『Becoming Astrid』)』だったのであらかた「前半生」であることは読めた 見方を変えれば魔性の女の物語ではあるものの、その魔性性がもたらした毒は自分自身をも蝕んでいる だがそう言った紆余曲折が子どもに物語を語るという原点になっている 才能の開花は眼前の我が子を夢中にさせ得るかであり、母親と認知されていない息子の心を動かしたというのが本物である所以であろう

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