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燃えよ剣
2021年10月15日公開

燃えよ剣

1482021年10月15日公開

バツイチ王子

4.0

俺に歳さんをくれたあなたに思いを馳せて

「新選組副長が参謀府に用がありとすれば、  斬り込みに行くだけよ」 原作の土方を端的、如実に表す終盤の名セリフ それを聞けただけでも、見た価値はあった 彼女は、幕末好きないわゆる歴女だった 土方歳三を、歳さんと呼んで心酔していた その座右の書が、原作の「燃えよ剣」だ 俺も影響され、冷徹非情な人斬り「土方」が 士道を貫き、愛をも紡ぐ気高い「歳さん」になった お雪との心のやり取りは、史実にない“虚”であり 一般に言われる冷徹な“鬼の副長”が“実”だろう 小説が心憎いのは、男くさい歳さんに お雪さんとの恋で奥行きを持たせたところだ 今でも色あせない傑作な歴史小説だと思う そんな青春の思い入れが、映画のハードルを上げた 今まで歳さんを演じた俳優では やはり大河ドラマ新選組の山本 耕史が最もハマった そのため、厳しい目で岡田准一を見ざるを得なかった しかし冒頭、岡田の醸し出す雰囲気は俺を安心させた 逞しさと洞察力を持ち、信念をストイックに貫く なかなかいい雰囲気、岡田版土方もアリだ、と 映画は、箱館で軍服ザンバラ髪の歳さんが 多摩石田村のバラガキの頃から、回想 ナレーションを当てていくスタイルで綴る 試衛館の、近藤勇、沖田総司、井上源三郎が 小説より長く対峙する史実にない七里と関わり 浪士組に加わり、武士として京へ向かう 前半の見せ場は、新選組局長 芹沢 鴨との確執だ 伊藤 英明が演じた鴨は、豪放磊落にして傲慢 絶対悪として、ラスボスな雰囲気で圧倒する 絶妙だ、このキャスティング! また、中盤の池田屋事件の緊張感も痺れた 新選組を知らしめる事件、生々しい殺陣が凄惨に際立つ 監察山崎の活躍が、やけに目を引いた そんなハード面に対し、恋愛パートのお雪さん 柴咲コウの垢抜けずも古風な佇まいは 小説イメージを損なわず、よいキャスティングだ 「しれば迷い しなければ迷わぬ 恋の道」 歳さんが実際に詠んだ句を、具現化したような純情 殺伐な彼の人生の拠り所、慎ましいやり取り 情熱を鞘に納め、手探りで忍ぶ奥ゆかしさが沁みる 互いに拠り所を求めていただろう二人 もどかしいほど丁寧に、確かめ合っていく様 性急な現代社会のそれとは異なり 手間がかかるだけに、想いの強さが切なく伝わる もっとじっくり描いて欲しいと思うほどに そう、引っ掛かったのはそこ 浪士隊結成あたりで薄々感じたが とにかく展開が早く、描写が浅めなのだ 原作小説は上下巻1000ページ以上 大河ドラマ本編で描けなかった箱館まで含めて 映画一本に纏めようとしたら仕方ないかもしれない だが会話のテンポが速く、行間がほぼない そのためじっくり見たい場面も、余韻に浸れず展開する 芹沢鴨のラストは途中に比べあっさり 山南さんの脱退も、あっという間 いつの間にか出てきた伊藤甲子太郎に 油小路は回想で済ませ、気が付けばダッシュで箱館だ 伏線なしにオチを並べても伝わるはずもなく 山南脱退の背景、藤堂と土方の戦い、鳥羽伏見の源さん 味わいあるエピソードが、さわりだけで終わる 官軍西郷 隆盛と逆の近藤を演じた鈴木 亮平も その持ち味を、十分に出せていなかった気がする 盟友 近藤さん、総司との別れだけでも もっと、じっくり見てしんみりしたかったんだが 序盤、セリフにナレーションを被せるのもあんまり 時間が足りないのを差っ引いてもなんか惜しい いっそ、エピソードを絞ってじっくり描いて欲しかった 制限された中で、決して悪いわけではないんだが また登場人物が多くも個性を出せずに消化不良 勝手知ったる俺でも、人物判別に困った 斉藤や永倉、左之助は完全にモブになってしまったし その中で、監察、スパイの山崎は良かった ちょっと肥えたウーマン村本が、コミカルさを滲ませ 緊張感溢れる中で、いいアクセントとして笑わせてくれた こんな山崎もありだな、と素直に楽しんだ そんな残念はあったんだけど、面白さは否定しない 弛緩した現代とは異なり、ピンと張りつめた幕末に 揺らぐことなく己を貫き通した気高き男がいた 近藤さんと総司、気の置けない二人との会話 醸し出す空気は、心地よさを纏い仲間の絆を届け来る そして、お雪さんも抗えず、己を貫き通し 単身敵陣に乗り込んだ歳さんに、大いに泣けた スクリーンで間近に感じさせられた生き様 テクノロジーと引き換えに、現代人が失ったもの そのすべてを、歳さんはもっていたんだろうな 口癖である、形が良くないという言葉 男として揺るぎ無く、その筋を通すという美学に ただ見惚れ、酔ってしまったよ そして史実にはない古風なお雪という、歳さんの拠り所 柴咲コウが演じた彼女の、凛とした古風な佇まいは 土方という堅物に、司馬遼太郎が与えた安らぎだと思う やはり、俺に歳さんをくれたあなたと語り合いたくなった 俺がそうだったように、あなたもきっと、 この歳さんを素通りなど、出来ないだろうから

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