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わたしは分断を許さない (2019)

監督
堀潤
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3.43 / 評価:7件

小さな主語で。

3月に観た作品、レビュー書けてなかった。


昔、We are the worldを嬉々として歌いながらも(今でも歌詞覚えてる笑)、感じていたどこか嘘臭い違和感を、Artists United Against Apartheidが I ain’t gonna play sun cityと歌って打ち消してくれたように。

大きな主語で語ることと、小さな主語で語ることとでは、こんなにも伝わり方が違うんだ。伝えたいことがストレートに届く。

ジャーナリスト堀潤が、NHKという大きな主語では出来なかった発信がここにある。
 
分断を許さないとは何か?
SNS等で人と人の距離はなくなっていった、その一方で、様々な深刻な社会課題は増え、その現場において悲劇的な分断が深まってしまい、人々の疑心暗鬼がやがて差別や排斥、孤立を生んでいる。
そんな状況を、堀自身の後悔と戒めも込めて、分断を見捨ててはいけない、分断を許してはならないと、マイクに加えてカメラも抱え、時に涙を滲ませながら、小さな主語を撮りためたものがこの作品だ。
 
人権・自由・民主を守る為、デモ活動に参加していた、日本のアニメを愛する香港の若き男性。

生業を失い、故郷を追われたのに、賠償金を受け取った事に対して近しい人から非難を浴び、やり場のない憤りを抱えながら、今もなお苦しんでいる美容師。ハサミは遠く握っていない。

放射線量に怯える日々に疲れ果て、心機一転移住した沖縄で、いつしか辺野古基地反対運動を行うことになった二児の母。なぜ運動をしているのかの答えもないままに。
 
中国化するカンボジア。大型のインフラや施設が中国政府の資金で建設される一方で、急激に増えていった中国人労働者同士のトラブルや、都市と地方の格差拡大で生まれたひずみ。中国人観光客に金を請う水上生活の少女。彼女たちの服が乾くことはない。

その他、本人たちの意志とは関係なく出来てしまった分断の現場に立つ堀。
社会や人間関係から分断されてしまうのはなぜか。誰が分断するのか。なんの都合でそうするのか。
国や企業、数多ある組織には、感情というものがない。思いやりや温もりなど、あろうはずがない。

だが、日朝大学生交流会に参加している両国の学生には、それがあった。
互いの育った環境の大きな差を認め合い、理解できない部分がありながらも、笑顔で再会を喜び合い、語り合い、意見をぶつけ合い、またの再会を誓い合う。
 
なぜ、こう出来ないのか。崩壊に向かってるかのような人間社会はなぜこうあれないのか。
 
作品の中で答えは明示されない。明示してはいけないかのように、全てが今も続いていることとして、それは当然のごとく、含みを持って映画は終わる。
 
ファクトなき固定観念に惑わされることなく、個々のストーリーに目を向けたい。私が決めたと言える環境を作ろう。

こうやって書いてみると、世の中のことをよく知った人には当たり前な部分もあるかもだけど。ただ、それでさえ表面的なのかも。いや、この映画でさえもまだ表面的なのかもと思える作品。観ておいてよかった。

詳細評価

物語
配役
演出
映像
音楽

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