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ナイチンゲール
2020年3月20日公開

ナイチンゲール

THE NIGHTINGALE

R15+1362020年3月20日公開

Dr.Hawk

3.0

ネタバレ赦しも死も与えない復讐は永劫的な侮蔑の枷

2020.6.29 字幕 京都みなみ会館 2018年のオーストラリア映画 1825年、ブラックウォーの渦中にあるオーストラリア・タスマニア島を舞台にした女囚人とアボリジニの復讐劇 監督&脚本はジェニファー・ケント 物語は軽微な罪でアイルランドから流刑地タスマニアに送られたクレア・キャロル(アイスリング・フランシオン)が描かれて始まる 島を開拓しているのはイングランド兵で、クレアのいる地域を統括するのが将校のホーキンス(サム・クラフリン)だった ホーキンスは歌がうまくて美しいクレアに執着を持っており、刑期が終えた後も権力で縛り付けていた 兵士への保養目的で歌を歌わされたクレアはそのままホーキンスの部屋に招かれる そして「私だけのために歌え」と強要し、解放推薦状の約束は反故、挙句の果てには性的暴行まで加えてしまう クレアにはアイルランド人の夫エイデン(マイケル・シーズビー)がいて、二人の間には赤ん坊の娘のブリジット(マヤ・クリスティ&アディソン・クリスティ)がいた エイデンが掛け合うも推薦状は得られず、希望を求めて逃亡を考える だがその動きを察したホーキンスは部下のルース(デイモン・ヘリマン)とジャゴ(ハリー・グリーンウッド)を引き連れて彼女らの家を訪れる そこでホーキンスはクレアとの関係を暴露し、激昂したエイデンを殺してしまう そして泣き止まないブリジットをジャゴに「黙らせる」のであった 物語はエゲツないオープニングにて気絶させられたクレアが目覚めるところから動き出す 夫と娘の亡骸を前にクレアは復讐を誓う 聞けばホーキンスはローンセストンにいるベクスリー少佐(クリスト・ファースト・ラリー)の元へ栄転の嘆願をしに行ったと言う クレアは友人のグッドウィン(ユエン・レスリー)から「アボリジニのガイドを雇え」と言われ、仕方なくアボリジニのビリー(バイカリ・ガナンバン)と同行することになる だがクレアは「アボリジニ(黒人)は人食い」だと思い信用していなかった イングランド人に差別されているアイルランド人はアボリジニを差別している 差別者が差別者を追うと言う展開で、その二人が差別の根源であるホーキンスに対して同調していく きっかけは娘を殺したジャゴの殺害 ビリーはここで初めてクレアの旅の目的と執着の強さを知る かつてビリーもイングランド人に家族を殺された恨みを持ち、アイルランド人もイングランド人も同じ「白人」と言う括りで見ていた 後半のシークエンスでは「黒人の中にもホーキンスのような人間はいるの?」とクレアが訊き、「同じような人間はいる」とビリーが答えている 善悪は肌の色とは関係ない人間がもつ特性なのである この映画では人間同士の中で起こる階級(立ち位置あるいはポジション)に執着するシーンが多い ホーキンス隊の中でもルースと帯同少年エディ(チャーリー・ショットウェル)のポジショニングが変わったり、それらのレイアー(階層)を得るために様々な非道を行う アボリジニのロアンナ(マグノリア・マムル)を連れ回したり、案内人チャーリー(チャーリー・ジャピジンパ・ブラウン)を殺したために転げ落ちるルースなどが典型的なシーンであろう この支配の連鎖は個人的な感情を取り払い、それらが善悪の尺度へと変貌する その連鎖を消したのがクレアであった ホーキンスの所業に対して誰もが「殺されて当然」と言う感情を持つ だがジャゴを殺した後、クレアの中で変化が生まれる それによってホーキンスを撃てなくなるのである ホーキンスにとっての最大の苦しみとは「死」ではない イングランド軍におけるレイアーの転落である 彼のローンセストンへの旅の強行を考えれば、自分の社会的地位が軽んじられることが最大の屈辱なのである クレアはベクスリー少佐他ホーキンスの未来を握る将校たちの前で「ホーキンスとの関係」を暴露し歌を歌う それを少佐らがどのように捉えるかは別として、言葉に現れない侮蔑がホーキンスを一生の囚われの身とする 反省や改心などは要らない 赦しすら施さない永劫の囚人である だがビリーはクレアと一線を画す行動に出る これが性差による復讐の質の違いではないかと感じた ビリーは囚人であることすら許さないのである いずれにせよ、オーストラリア出身の女性監督によって描かれた自国の負の歴史の物語は「精神的な抹殺」と「物理的な抹殺」を重ねることで独特の物語になっている クレアがそのまま殺せばカタルシスは得られるだろうが、クレアもまた復讐の対象になるだけである だがクレアは自分が標的にならない帰結を選び、同時に自らの目的を果たしていく しかしビリーはそうはいかない 先住民としての誇りは害虫の駆除以外にあり得ないのである 白人が彼らを人として見ない以上、その逆は然るべき報復に還ると言えるだろう

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