2020年4月10日公開

ワンダーウォール 劇場版

682020年4月10日公開
ワンダーウォール 劇場版
3.5

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31%
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作品情報上映スケジュールレビュー

作品レビュー(6件)


  • kun********

    1.0

    成海璃子のおっぱいが大きい

    ぐらいですかね 見どころは 詰めてないか?盛ってるか?? 他にみどころもないのに無駄に冗長なのはどうなんですかね モデルとなった京大の吉田寮の問題がどうかとかは別にしてエンタメとしては低評価になりますね

  • noi********

    4.0

    岡山天音の真価

    えーっと、ワタクシ、学生時代は自治寮に住んだ経験ありです。 だもんで、評価はまあ甘めにはなりますねw 出演者は知った顔が少なく、新鮮な気持ちで見ました。 それぞれの役者さんが、学生ならではの無知・無自覚・甘え・怠惰などの未成熟な部分と、打算ではなく直情で動くピュアな部分の揺れ動くアンバランス感をすごくうまく出していたなあと感じました。 寮生ならではの連帯感や、社会からの圧力への無力感なども言外に表現されている部分もあり、演技には感心しました。 なかでも岡山天音ですね。 ゲームヲタクやアホなバイト役、血気盛んなイキり学生など、「そこらにいる若者」をやらせたら今、日本で一番うまいんじゃないかと思う。 彼ひとりで「ニッポン若者カタログ」的なものをやってほしい!w 全体を通しては、成海璃子が語る「たくさんの人たちが残そうとしてきたものには意味があって、その価値は単純に損得では測れないのではないか」という問いかけには考えさせられるものがあったかな。 ただねー、作品エンド部分の「応援団」的な話が微妙だったかな。 あれが出てきたことで「フィクション」として受け止めてきた話が現実とオーバーラップして境目があいまいになってしまった。 理不尽な「オトナ」の暴力に抗おうとする人たちの思いは応援したい気持ちはあるが、作品として完結してほしかったなー。

  • neo********

    2.0

    ネタバレ期待外れ。

    このレビューにはネタバレが含まれています。
  • aoa********

    3.0

    彼らは戦わせてもらえない

    学生寮の存続を掛けて寮生と大学側が争うお話…だと思ったんですが、観終わってみるとそんな感じでもなかった。なんていうか「(映画なのに)行間をかなり深くまで読まないといけない」作品に感じました。ちなみに作品冒頭に「これはラブストーリーだ」的な事を言っていたような気がしますが…もしそうであるのなら深すぎてもう理解できないw。 もともとは映画ではなくてNHKのドラマらしいけど、作品全体がとにかく淡々としてます。登場してくる学生たちもイマドキの感じ(当たり前だけどw)。基本的に彼らは「動」ではなくて「静」なんだよね。自己完結をして結局は大勢に飲み込まれてしまう…。なので『ぼくの村の話』みたいな理不尽な体制と戦う作品を期待して観ると肩透かしを喰らいます。一方で現在も公開されている『三島由紀夫vs東大全共闘』と合わせて観ると面白いかも。つくづく三島由紀夫が危惧した通りの日本になっているんだなぁ…と。『ワンダーウォール』でも結局最後まで大学側の責任者(敵)は姿を現しません。戦わないというより戦わせてももらえない近代の学生さんたちは…やっぱ不幸なのかな。そういう意味では『ワンダーウォール』というタイトルは秀逸なのかもせれませんね。

  • dar********

    4.0

    ノスタルジックな魅力満載

    見たい映画が見つからないので鑑賞。 来週からは邦画も新作がどんどん公開です。忙しくなります。 映画はNHKで放送されたドラマと聞いていたのでそれほど期待していませんでした。60分ですし。 京都大学の吉田寮はテレビで紹介されていた物をみたことがある程度。 スタートから、昭和のノスタルジックな建物と、キャラのある学生たちに魅了されました。 私も、学生の時は学生寮に入っていたので、懐かしい(T_T) 思えば大人になったもの。 冒頭は甘々の学生よりも大学側に共感。 あるセリフから逆の考えに。とても熱いものを感じた。演奏シーンではなぜか涙が。 映像も音楽も演技も味があって良かった。

  • kyo********

    4.0

    寛容さをなくしていく社会への錨

    映画の舞台である近衛寮のモデルはご存知の通り、現存する京都大学の吉田寮である。実際には寮の存続について、昭和の時代から溝があり、長年、大学と寮自治会の間で話し合いが行われてきた経緯がある。詳しくはwikipediaを参照されたし。過去、大学当局は団体交渉に応じていたが、近年、話し合いを一方的に拒否し、2019年春、寮生20名を裁判所に訴えるに至り、現在係争中である。 細かい事情は分からないが、この映画と実際の大学当局の対応を見て浮かび上がるのは、寛容さ(異端的な少数意見発表の自由を認め、そうした意見の人を差別待遇しないこと,広辞苑)をなくしていく日本の姿である。誰しも感じることだと思うが、生活の様々な場所において、そこにいる人々の考えた方はそれぞれ違うので、すぐに合意形成を図ることは難しい。誰もがある程度納得する結論を出すには、面倒だが時間をかけて話し合いを続ける他ない。それが神様でもロボットでもなく、完璧ではない人間の取りうることの出来る数少ない手段である。 ITが発達する前の非効率で進みの遅かった時代には出来ていたことが、効率的になった分、時間が余り、余裕が生まれるかに見えたはずの現代にはむしろ軽視され、切り捨てられていくのは皮肉なことである。技術の進化に人間の進化のスピードが追い付いていかないことがその一因だろうか…。 昨今世の中が拝金主義で溢れ、映画においても廃寮にした後には、跡地に予算獲得のしやすい理工医学系の研究棟を建てる思惑があるとのことだったが、今一度、人間とは何か?人間の幸せとは何か?等を考えることのできる人文的なあの寮(学び舎)が、社会が一方向に流されるのを防ぐ今では数少なくなった錨のように思えてならなかった。

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